自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【心の強み02】自分にはどんな心の個性がある?


■自分の心にはどのような個性があるか?と考えたことがあるだろうか?

自分が瞬時に感じる感情や気持ち、気分には馴染みが深いと思う。たまには自分はどんな人間だろう、自分はこんな人間だなと思うかもしれない。大きな感情なら感動したことや真の恐怖を覚えることも稀にあるかもしれない。それによってより、自分はこういう物事を好むのだ、とか、こういうことは本当に嫌いなのだ、と自己判断するだろう。

その全てが心の個性となんの関係もない。

■何が得意かというのはわかりやすい。その陰には「強み」がある。だから強みは「目に見えて」発掘しやすいといえる。に対して『心の強み』はそもそも「目に見える状態」になるとは限らない。

しかし上に書いたような感情ではないし、それが切り口にもならない。

なら心の強み、人格はどのように現れるのか?

わかりやすいのはこうだ。例えば誰かが別の誰かの「人として素晴らしいところは何か?」ということを伝える。これは個性のある心の強みを発掘する切り口になる。

「仕事はあの人に任せれば大丈夫。そこは信頼できる。でもプライベートではちょっとだらしないかもね。ただ子供のことはすごくよく見ていて、何かがあったら飛んでくるし、何かがないようにいつも注意を払っている。そんな人かな」

と言ったとする。

ここにはまだ「印象」「性質」「性格」が含まれるが、それでも十分『心の強み』『人格』のヒントが隠れている。

仕事はきっちり、プライベートはそれ程でもないのであれば、お願い事や責任が関わる時は自分を律し、完遂することを課しているだろうことがわかる。あるいは、そうなるまでやめない、というような性質があるかもしれない。

プライベートではゆるいのに、子供のことになるとしっかりするのは、弱者に目線を向け注意深く物事を判断するつもりがあることがわかる。子供に直接的な行動をしないとしても、心の中でそうしなくて済む算段を立てていたり、あるいはしっかりを見守っているということが伺える。

また仕事の完遂と、子供の保全には責任感が発揮されていると予想できる。その責任を果たすだけの「強み」があり、その強みの使い方と責任が発揮される場面を見れば、この人が他人と関わるときに油断せず強みを使い、他人というくくりが社会性のある物事(仕事)であれば成果をあげることを、子供という相手であればリスクの回避にそれぞれ目を向けていることがわかる。

そのように注意を払う心、責任を果たす心、強みを使う場面を選ぶ頭、結果に対してどのような振る舞いをするかを決める頭、などがあることが読み取れる。

これにはこの人の個性が現れていると思わないか?

■あまりよくないと思われている場面でも個性は出る。

周囲にろくでなしがいて、自分のことを軽く扱い思い通りにしようとしているとする。(ここではややこしいのでブロックはなく、二次、逆次ではないとする)

同じように扱われている2人が同じ態度や行動に出るとは限らない。

一人は反発し、やり返す。少なくとも機会を伺い従っているふりをするが、心の中であ絶対に従っていない。反抗し、やり返すタイミングを見計らっている。「行為」は慎重さや忍耐があるかもしれないが、「基準」は自分を大事に扱うからこそそれを汚すものを許さないということかもしれない。

そう思えてしまい、もうすでにそうである、ということがその人の人格の質、つまり心の強みを表す。

一方もう一人は、同じように外見上は従っているように見える。だがタイミングを見計らってそこから脱出しようと考えている。いつも笑顔で接し、自分は傷ついているがそれを誰のせいにもしない。そしてその状況から離れることができた後も、そのことを誰かのせいにしたり、人にわかってもらおうとはしない。「行為」は抑圧や忍耐に見えるが、「基準」は自分が傷つく以上にさらに人を傷つくようにはしないという優しさかもしれない。

使い方が間違っているというのは簡単だが、その状況でそうできてしまっているのは強さ、つまり心の強みがあるからだ。

■こんな風に個性を、人間の中身を見ていくと、何か素晴らしいものが見えてこないか。

人格の個性は自分に備わっている。それは誰もが「強み」を持っていることと同じだ。ただし、これも強みと同じで、磨いたり高めたり、積極的に良く使おうとしなければその「心の強み」を持っているために、逆に心は汚れていく。

上に書いた前者のケースなら、その心の強みがあるために「許せない」と逆次化するだろうし、下の人のケースなら「自分が傷つくのはしょうがない」と自己卑下の二次になるかもしれない。

良い反応も悪い反応も、それが強大なものなのであれば(例えば大きなブロックやトラウマも)、そのベースに「心の強みがあるからそのような大きな現れになっているんだ」ということができる。

だから悪い反応の背景からも「心の強み」を探ることは(理屈では)可能だ。

現れてしまっている自分。それがどうやっても現れてしまうのだ。

「心の強み」はそういう特徴を持つ。

だから現れてしまっている物事の根元を探れば心の内にある

心の強みという自分の個性が必ずそうさせるという動機がある。

これは「泉はあそこにありますよ」と特定することと同じだ。

そうやってひとつひとつ心の強みを知っていくことができる。

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