自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【心の強み03】人格は必ず上下


だから、人格はあげないといけないんだぜ・・・みたいな偽善者をするつもりはない。人格の性質が上下にあるという「物事の本質」を見ていこう。

■人格に並列はないのか?といえば、それはある。「個性」がそうなる。心の強みにも個性があり、それは優劣を競うものではなく「違い」になる。人によってどのような心の強みを持っているか、それがあらかじめどのような強度かは異なる。

目の前に困っている人がいるとして、その人を助ける人と助けない人がいる。助けない人が劣っているとは言えない。自分の個性の人格に適った行動をしているかどうか?ということだ。

これが並列になる。

では上下は何か?あるのか?

ある。

■最初から強く備わっている「心の強み」はアドバンテージだ。その分野、その物事に対しては人よりもはるかに人格が高いところにいる。心の強みを活かせるところに立っている。

ことその分野においては最初から人格が高いといえる。この高い分野を誰でも持っている。ということは、誰しもが自分の人格には高いところと低いところがある、といえる。

高いものは生かしやすく、低いものは生かしにくい。

この最初の時点ですでに高低差があり優劣がある。

といって、幸運にも最初から分量多く備わっている人のことを人格者とは言わない。それを

適切に生かしている人

高めている人

つまり心の強みを十分に生かし高めている人を人格が高いという。

■なら人格を、心の強みを生かすということはどういうことだろう?

自分に備わっている人間性の特徴は使うことができる。伸ばすこともできる。どういう状態にあれば使い、伸ばしていると言えるだろうか。

人格を使うというのは「個の頂」を目指すということだ。それ以外に答えはない。神の教えとやらを守れる方が人格が高いとは言わないし、倫理や道徳が出る場面ではない。むしろ関係ないだけではなく人格の足を引っ張る。

人格を足止めするものにはどんなものがあるのか。

「怠惰」や「ブロック」というわかりやすいものもある。だが実際に足止めされる最も大きなものは

成果を中心にした成功や幸せ

が、人格の向上・心の強みを阻害する。

「素晴らしい学歴を得て、給料が高く社会的に評価されている会社に就職した。仕事はやりがいがあり、成果もきちんと出している。昇給も昇進も早い。ある一定成功したと言っていい。

一方職場で知り合った人と結婚し子供を2人もうけた。マイホームを購入して週末は家族で仲良く過ごしている。とても幸せだ」

この文章のどこにも人格に関することは書かれていない。

書かれているのは状態だけだ。

■もし成功と幸せが自分の心の強みを生かすと言えるなら、やりがいのある仕事をし、いい人と結婚すればいい。だがそうはならない。それはこんな質問をすれば明らかになる。

「あなたは良い仕事をし、成果を上げるために生まれてきたのですか?」

「あなたは良い伴侶を得て、幸せになるために生まれてきたのですか?」

この質問のどちらも人格を説明していない。

他の誰かがYESと言ってもいいような内容しか書かれていない。

仕事の「ために」生まれてきた、そんなことはないだろう。それは多くの人が改めて質問するとわかることだ。だが幸せはどうだろうか?あなたは幸せになるために生まれてきたかもしれない。それは否定できない。

だが、あなたは「その」幸せを手に入れるために生まれてきたのか?

「その通りだ。この人と一緒にならなければ今の自分はなかった。いいことも悪いこともあったけども今でははっきりとこの人でないといけないと言える」

そういう相手に恵まれたのなら相当幸せだろう。それは間違いない。

だがこう言えるのだ。

あなたが少し違う生活をして、別の人と出会い結婚したとしても結果ほぼ同じことを言っていたに違いない。

この人と一緒になって良かった、そして、この人でなくてはならない、という「内容」は違うだろう。だが結果は同じだ。なぜなら「そのような結果になるように、最終的にそのような発言ができるように普段自分を運んでいるから」だ。

なのであれば、相手は別に誰でも良かったということになる。

「相手は誰でも一緒だよ。自分がどうするか」と上から目線で言う人がいる。違和感を持ったことはないか。その人の背景に諦めがあると思わないか?

■心の強みを使い、人格を伸ばす。すると個性が際立つ。ここははっきりと言える。

個性のきわ立ちに成果(成功・幸せ)は関係がない。自分の中にある特徴をどのように使い、伸ばしているか?だ。

成功や幸せを手に入れようと思ったら、それに必要な成果を得るための手段を取ればいい。最も簡単な手段は「妥協」だ。だから自分を知りもせず、だから相手を知る力もないまま誰かと結婚する。また自分を知ることなく、良かれとおもう仕事に就く。

自分で選んでいるように思うかもしれないが、知らないからわかるものの中で良いと「思う」ものを選んでいるにすぎない。そして幸か不幸か、相手や会社も「知らないのでわかる範囲」で選んだのがあなただ。

あなたは「そのような選ばれ方をしている」と言われた時満足だろうか?もし満足ではないと感じるなら、相手も会社も満足ではないのだ。

しかし機会がやってきた。タイミングというものがある。結婚した。就職した。その現実を前に幸せになるためには?成功するためには?

本来の自分など封じ込んで目的に集中するしかないではないか?

だから人は仕事と家庭を大事にする。している。

子供が生まれ仕事の責任が増すとますます自分から遠ざかる。周囲も同じように自分を生かさず、心の強みを鍛えない。使わない。だから自分の周りを「(自分を生かすよりもはるかに)うまくやることが最も重要だ」というような人が取り囲むようになる。

自分のことは常に5番手6番手になる。そして永久に表に出ることはない。

■「心の強み」を扱う上で最も重荷になるのが人間の生活習慣に馴染んだものだとするなら、そこに集中していてはいつまでも「心の強み」を使うことはできない。

自分が個性を持って生まれてきたということは、「他の誰でも良かった」のではなく『自分でなければならなかった』のは個性を使うかどうかに限られる。別にあなたじゃなくても替えはいくらでもいます、ということに自分の価値を見出せるか?

生まれた時代や場所は関係ない。時代や場所によっては成功することも、幸せになることも条件的に無理なことがある。そのような場合も「心の強み」は成功や幸せと無関係に存在する。

イタリアの映画「ライフ・イズ・ビューティフル」を見たことがあるか。ユダヤ人として収容所に送られどうやっても成功も幸せにもなれない。

そのような状況の元で主人公は息子を生きながらえさせるためにユーモアと明るく自分を振る舞い勇気を与える。それを死ぬその日まで続ける。

それが人格を使うということだ。

何も困難な状況を持つということじゃない。状況を問わないということだ。そしてそのような状況にあってユーモアと明るさを出すかどうか?も人格の個性による。その人を真似ても意味がない。

自分に備わっている心の強みを、この生まれた時代と場所で使っていくのだ。そのためにはまず、成功や幸せ(とそれを作っている成果)に縛られている自分を解放する必要がある。

■「心の強み」を知ったら、それを使おうとする。だが使う前にやることがある。

それは「心の強み」を【基準】にするということだ。毎日のやっていることが変わらなくても、心の中にある基準を変える。

同じように同じ仕事をしているとしても、流れでこの会社に入り、この会社の流れに沿って仕事をし、この会社の評価に則って自分を運ぶという基準を今までは採用していた。

これを自分の心の強みの基準に変えると、例えば自分はとても努力できる人間だ。努力によって自分を伸ばしていくことができる。これまでは会社で必要なスキルを伸ばしてきたが、これからは残りの人生で自分のために伸ばせることを伸ばそう。

なら、この会社にいる間にそれを可能にする物事は何だろう?

■しかし限界がやってくる。この会社にいる以上、まだまだ伸びしろのある自分を伸ばすのは無理だ。そもそもこの会社に入ったこと自体が惰性で選んだ結果で、「会社に必要な自分」は伸びても、自分自身が伸びるということはない。

なら次は自分自身を直接活躍させる仕事に転職するしかないじゃないか?

そんな「基準」で現実を作っていく。

成果による現実を作るんじゃない。自分の人格を発揮するための現実を作る。そのためにどうすればいいか、何を行うべきか?と考える。

それをやっている人とやっていない人。

どちらか「人格が高い」「人間性が優れている」だろう。

自分のことを知り、それを伸ばすことを基準に、しかしやるべきことをきっちりとやる。そういう人は人格が高い。それをしないが、成果によって自分に理由付けをし「これは良いことだ」「意味があるのだ」と言っている人は人格が高いだろうか?

このことからわかることがある。

人格は行動と成果で評価することはできない。

人格は「心の強み」に基づいた【基準】を中心にしているかどうかによって評価できる。

人格者は自己中の基準で動いているのではない。それでは教養がなく欲求で動くサルと同じだ。人格が低い。

自分の中にある個性、つまり「心の強み」を基準に何かを感じたり、考えたり、動いたり、成果を出したり、失敗したり、失敗を繰り返したり、たまたまうまくいったり、そのような集大成の全てが【基準】によって成り立っている。そう使っている。

それが人格が上にある人の状態だ。

そしてそこからさらに伸ばすことができる。

伸ばしている人はさらに上だといえるし、無数にある人格の多くを頂近くまで持っていくことができた人は人格者だといえるだろう。

次から「伸ばすために必要なこと」を見ていこう。

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