自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【心の強み07】行動ではなく基準


■人格の上下に大きく影響する、ある一定決まっている物事のひとつに「行動」と「基準」のウエイトの違いがある。

多くの人は行動することで上手く行かせようとする。より行動しようとして足し算で積み重ね、身動きが取れなくなるというような矛盾を抱えることもある。しかし一般的には行動量が増えれば増えるほど、確率論的に成果を得ることができる。

では成果は何のために得るのか?

成果を得るのには何かの目的がある。普通はそう考える。

しかし成果を得ることありきで、これこそ自分だ!とする人は少なくない。そこに目的はない。あるいは、自信がなくダメな自分をどうにかできている「気になる」ために成果を得ている・・・ということがままある。

この成果は積み重ねられて「自分のようなもの」を作り上げることに役立つ。

だから学歴や職歴、肩書き、収入の額、持っている車、住んでいる場所、どんな有名人と知り合いかなどという「自分自身」とは何の関係のないものを「自分」だと錯覚する。

この場合、いうまでもなく人格は低い。

■目的を持って取り組めばいいのではない。「目的を持っている自分」を「これが自分だ!」と錯覚することもよくある。

その場合は目的を定め、達成すれれば自分を立てている気になる。それが成功しているとは言えても、人格が高いとは言えない。

何のために成果を上げるのか。なぜ「その」目的を持つのか。

そこに自分の内的同期に基づく『基準』があるのかないのか?

多くの場合基準はない。言い方を換えれば、成果に注目する人のほとんどは、自分自身を真の意味で高めようとしない。そういう基準がない。

そういう人が基準としているのは、感情であったり、成果であったりする。

例えば本当に好きな気持ちがあるから一緒になりたい。

先月は100万売り上げたから今月は150万を目指そう。

そういうものが基準になっている。どちらも「成果」がベースにある。好きを満たし付き合うことができればそれは幸せ系の成果になる。売り上げが伸びれば、それは成功系の成果になる。

これは「心の強み」という個性と何の関係もない。

■自分がどのような「心から湧き上がる性質」を持つ人なのか。例えば06話で書いたような性質の何をどのくらい持っているのか?それを『基準』にして行動するならどう動くか。どう考えるか。どう感じるか。

好きな気持ちがあるから一緒になる。

100万を150万にする。

もし表面上見て同じ行動を行っているとしても、その背景にある基準が心の個性に基づき、それを軸として進めているなら

異性と上手くいくことに自分を立てる

お金を稼ぐという行為で自分を立てる

ということができている。

付き合うことができているとか、高額稼いでいるということで自分を証明はしない。

やっていることは同じでも中身が違う。

これが心の個性(強み)を中心にした基準を守る、ということになる。

そうすると、異性と上手くいかなくなることがある。

基準ありきなので上手く稼げなくなることもある。

つまり成果が取れない。失敗する。

心の個性を軸に自分を進めると失敗量が増える。

成果を上げたいのなら、自分を生かしても自分を殺しても「成果が上がる」方法にだけ特化すればいい。逆に言えば自分を殺すことができる人ほど成果を上げることができる。

だから心の個性(強み)を軸にする人は、相対的に考えて失敗が多くなる。

つまり、

人格がすでに上がっている人は、

成果を上げることも失敗することも人よりも多く経験してきた

ということになる。

■これが「行動(成果)」を軸にするのではなく「基準(心の個性)」を軸にするということだ。

そしてこの有り様を守ることを『態度がいい』といい、つい行動していれば何とかなるとか、成果を上げることが大事だという芽が出れば『態度が悪い』ということになる。

心の個性に、例えば深い思いやりがあるとする。

「思いやり」の究極的な形は相手そのものになり、ならどうしていけばいいのか?どう感じるのか、相手を超えて相手になるところにある。

なら思いやりを基準に守ろうとする。通用する成果もあれば、通用しない失敗もある。通用して晴れ晴れしい気持ちになることがあれば、通用せず失望感に落ち込むこともある。

だがそれを基準にする。失望感を感じたからといって自分を殺していることにはならない。それは感情であって、あり方ではない。

ところが相手自身が相手をないがしろにし、雑に扱い、人格を低くするようなことをしている。

思いやりがあるなら、そこもしっかりと知ろうとするだろう。その上でどうすればいいのか。あるいは何もしないほうがいいのか。色々と考え、感じ、試してみるに違いない。

だが相手の態度が悪い。

相手が、相手の心の個性に従った基準を決して持とうとはせず、別の重要ではないものに流されて自分を下げることばかりする。このことを「態度が悪い」という。

思いやりがある人に答えないことを態度が悪いというのではない。

態度がいい人と、態度が悪い人

心の個性を軸にする人と、心の個性を殺す人、

その関係は決して上手くいかない。

態度がいい人は、相手に対して相手の心の基準で物事に取り組む。

態度が悪人は、自分(相手)の行動によって物事に取り組む。

一致しない。

そうして関係は破綻する。

つまり態度が良く、心の個性を軸にしている人は

その使いどころを誤ることで下手をすると自分の人格すら下げる。

失敗をたくさんすることで人格は下がらないが

そもそも態度が悪い人に自分の心の個性を使うと下がってしまう。

■「態度」というのは常に自分の方を向く。人の方を向かない。

態度のいい悪いは、本来の心の個性に向かってそれを軸にしているかしていないかだけが判断基準になる。

心の個性を軸にするというのは「基準」になる。

心の個性を軸にしない人は「行動」ばかりにコミットする。

態度がいい人は人格が上がる。

当たり前だが人格のベースになる「心の強み」に注目し実践する機会が多いからだ。

「どうすればいいですか」

「何をすればいいですか」

「こうすればいいんだよ」

「こう考えるんだよ」

「考えるんじゃない、感じるんだよ」

そんなことばかりを普段言っているのなら、考えているのなら

それは言語心理学的に考えて人格が低いということになる。

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