自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【言霊はあるか?】~フェイスブックコラムまとめ集014

” class=”replaced_link replaced_link_from_ym11″>松原靖樹のミニセミナー・ログ 夜だな。夜である。深夜だ。
 心底の怒りが湧いてきたので書く。

 大体こういう時は、ニセモノ・・・それも本物を騙るニセモノに
強烈に反応するようにできている。
そうなるともう最後で、頭の中になぜより多くの人が騙され、
どのようなメカニズムになっているのかが走馬灯のごとく浮かび上がる。
 死ぬんか?である。大体走馬灯ってなんや?走る馬の灯り?

ブログでシリーズコラムとして「信者を作るカリスマ教祖を検証しろ」つーのを書いていく。
自分の頭で考えろ。自分の目と耳で検証しろ。最初は知識もない、情報もない。
でもそのままにしておくなら心底騙されても自分の責任だろ。
そういうことをやっているのなら「騙される方が悪い」。

 言葉巧みに金をだまし取るとか、そういう程度の話をしてるんじゃない。
 心底、根本から自分の人生を騙って生きるような騙され方の選択をしている人が多い。
多すぎる。そして、
それをやってるヤツは騙そうと思ってやってるんじゃなく、【心底コレが素晴らしく正しい、
なぜなら~】と思い理由を1000個持ってやってるんだよ。
どういう構造になっているのか、どういう手段を持っているのか、
実際にどのような人が集まるのか、ということを全部解明する。

いいか。今あんたが信じているそういう騙らいは、
全部失っても全然何事もなくうまく生きていけるんだ。むしろその方が良かったりするんだよ。
 自分の人生を、そうとは知らず雛形やマニュアルにしているその思考と精神が腐ってる。
でももっと腐ってるのは教祖だ。
 正しい理由、素晴らしいいろいろ(コラムで書く)、チカラの強さによって、
「こうやればうまくいく」と結局新たな雛形やマニュアルを示しているヤツは、
それが人の思考と精神を腐らすとはもちろん思っていなく、それが救うとか、
いいことをしているとか、そんなことをやってるわけだ。

 気がつけ。
 目醒ませ。

” class=”replaced_link replaced_link_from_ym11″>松原靖樹のミニセミナー・ログ
信者に自分が信者という自覚はない。客観的に見るしかない。
 何を見ればわかるかって、周囲に似たような「共感できる」人が多く
 みんな「これが大事だ」としているものが一致しており(理解ね)
それをカリスマが繰り返し説いている場合、
そこに集まっている人は全員信者です。

簡単でしょ。見分け方。
 誰しも同じことを一貫して言った方が力がある。信じられる。
けど一貫していることなど本当にあんの?
 違う人間が?

 「似たような傾向」はある。でも同じことなどないわ。
 誰に聞いても感想と説明が同じになるなら、それは信者グループだと思った方がいい。
たとえ個別にアドバイスをもらっていても同じ。
まして特定の個人を信じるとかいうのはもう完全にいっちゃってます。
ウソだと思うなら過去の独裁者や教祖を調べてみるといい。すぐにわかる。

 信じるのは自分だけ。
 自分に役立つものはその時々で採用する。
のめり込むことがあるなら「やってみる」という理由だけ。
信者化しない。教祖を崇めない。自分の人生教祖に決めてもらわない。

こんな簡単なことを、これを読めば理解できるのに、
私は違う!とか思いながらやってる人があまりにも多い。
オレはそっち見る気はないけど、いい加減止めろよとたまに思う。

” class=”replaced_link replaced_link_from_ym11″>松原靖樹のミニセミナー・ログ 【言霊はあるか?】

えー。【やすき的文章講座】最終回の第10話をアップしました。
 自分で言うが、かなり出来のいいまとめとなった。最終話はこうでなくては!
 (リンクはコメントの1発目に)

あとがき的にこちらに。

 「言霊はあるか?」

そもそもその「答えはあるか?」だが。
ある。そしてない。
 単なるマインドコントロールや精神感応、プラシーボ効果とかじゃない。
それは言葉の力や魔力によって何かを生み出しているわけではない。

 単なる刷り込み効果や教育、痛みを伴う経験に言葉がのっかってるのも違う。
そういうのは単純生活で言葉がなくても起こりえることで言霊とは関係ない。

たとえば魔術の中でも呪文を唱えて魔法の効果を得るものがある。
これも厳密には言霊ではない。
 呪文なしにできる魔術もある。ヒーリングはその代表的な例。
 魔術発動のための媒介手段が言語というだけで言霊ではない。

 思考は現実化しない。だから言葉に出してもその通りにはならない。
 引き寄せの法則はない。だから口にしても引き寄せは生まれない。
 口にすれば現実化する、というのは言霊ではない。

 魂のこもった文章がなぜ読まれるのか?
 単なる精神じゃなく、魂が口から出る。(書いて出る)
それを心と口の合体した漢字で「言」と書く。
だから、これで終わってしまうとただ意味のある音声が外に出たに過ぎない。

 魂が口から出たものが、
 人のあり方、存在のシステム、人間の運び・・・それも全体の運びに
薄く、しかし確実に、そして長く影響を与えるものが言霊だと思う。

 洗脳とは違う。プロパガンダとも違う。
あれはコントロールでしかない。

 具現化でもない。霊性に影響を与える発言と文章がある。
 霊性に影響を与えるというのは、存在に影響を与えるということで
物質的な具現化ではなく、精神的な心理でもない。
 【あり方そのものに何かの影響を及ぼすもの】が言霊だといえる。

 神社の祝詞や寺のお経、教会の聖歌などは
 そういう力があるとわかっているものを
継続的にやることパワーアップし、
さらに
 ルール化、体系化してより多くに影響と方向付けを作ってきた。

 目に見えない(ない)、しかし確実にある存在に
好影響も悪影響も、進むことも退くことにも関係を及ぼした。

その影響は流行語ではない。キャッチフレーズでもコピーでもない。

ただ純粋に【言霊という存在】なわけだ。
 魂からはじまり、言葉という手段で、霊性(存在のあり方)を方向付ける。
それが言霊。
そんなものを10話にまとめて書いてきたつもり。
 人として生まれ、
 言語をコミュニケーションツールとして使うだけじゃなく
言霊を扱うひとりの人間として誰もが言葉を使うといいんじゃないかと思っている。

” class=”replaced_link replaced_link_from_ym11″>松原靖樹のミニセミナー・ログ 全ての仕事は速く速く処理、対応すればするほど、相手の処理と対応も速くなり、
新しい仕事も増えるわけで、どんどん忙しさが増す一方になる。
 優秀だから(資質)、そして早く処理したいから(不安)、
より忙しくなり自分の首を絞めるということが多い。
ほったらかし、保留、仕事の削除を覚えてベストペースをつかむべき。
 追い込みによって仕事ができるよりも、自分の状態を最良にしてコンディションを保ち、
継続的に結果を出せる方がより大事。

” class=”replaced_link replaced_link_from_ym11″>松原靖樹のミニセミナー・ログやらなければわからないことと、やらなくてもわかることがある。

やらなければわからないことはTA的に、
やらなくてもわかることはBA的にやる必要がある。
 逆にするとうまくいかない。

やらなくてもわかることを増やす必要がある。
TAをBA化する。でなければ効率効果がさがる。

やらなくてもわかることが増えてきたら、やらなければわからないことを増やす。
BAの定着によりTAを増やす。でなければ停滞する。

” class=”replaced_link replaced_link_from_ym11″>松原靖樹のミニセミナー・ログ 集中と継続。主観と客観。
どちらかを両方同時に、同じくらいの強度でできるものは【才能】といえる。
 能力の中でも秀でているものが才能。
4つポジで言うと対角線同士となる。
集中と継続がTAとBS。主観と客観がTSとBAになる。

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