自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

HOME / コラムを読む

それは「パラレルワールド」ですか、それとも「未来」ですか?


ややこしいことを書きます。というか、いつもややこしいけど・・・

今年の春だったかな?スタバのロゴが変わりました。
からへ。

あれがもし、5年前の自分が、なんだか体がグニョリとして、
ワープ空間みたいなところを通って、にょにょんと
新しいスタバロゴの世界に出たとしたら。

それは未来にワープしたのか。
それとも、同時並行の世界・・・微妙な細部が異なる違う世界に移ったのか、
どうやって知れるというのだろうか?

確かに、日付を見れば、今までいた世界の年月じゃなければ
日付が進んでいるのを見て、未来だとわかる。

でも、スタバのロゴが変わっているその未来は、果たして
自分の世界が積み重なっていった結果、ロゴが変わっている未来なのか
それとも
自分の世界とは無関係にパラレルに存在している別の未来なのか、
どうやって見分けられるというのだ?

あるいは、未来でもパラレルワールドでもない物事だったとき、
どうやってそれを知ることができるのか?

なんでこんなSFなハナシをしているのかというと、
知覚の限定による確信は、必ずしも本物ではない
ということを言いたいからなんだな。

たとえばさ、直感で未来が見えるとかいう人いるよね。
見えているというのは確信かもしれない。

けども、
   なんでそれが未来と言えるのか?
   パラレルワールドであるという可能性を考えたことはないのか?
   未来でもパラレルワールドでもないという知覚を持ったことがあるのか?

スピ系だと過去性も同じ。
それって本当に前世ですか?
例えば本当にそうだとして、
その人の前世なのか、
自分の前世の中で自分が判断するのに適切な過去の記憶を探りイメージ化に成功しているのか、
自分の前世ではないが、過去にアクセスできる力を駆使して最も近い事例を持ってきているのか、
それとも全てが妄想なのか。

それは未来です。とか、
それは過去性です。とか、
超短絡すぎると思うのだよ。

知覚の狭い人にそんなことを言われても、それは心に届かないし、
そして肝心なのは、
知覚の広い人に言われても、それは同じであるということ。
人の知覚の範囲内で、便利に勝手に判断するしかないということ。

だから、知覚が広い人ほど、発言はあいまいになる。はずである。
知覚が広いということは、知覚できない分野やジャンルがあるということを知るということでもあるから、
人間が知り得る限界を超える物事があると知ったとき、
断言など自分の知覚の範囲内でしかできないのだとわかる。

知覚外の可能性がとてもある世界の物事は、
直感力があろうが何だろうが、知り得ないという前提で
知っていることは何々だけど、まだこういう可能性があるという態度を取ることだと思う。

それは未来ですかそれともパラレルワールドですか?
なぜそんなことが言えるんですか?
ひょっとして「確信」に頼って言っているのではないですか?
なら、信じるに値しません。ということなんだな。

トップに戻るボタン