自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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どちらでもいいものは何か?を探る


「こうでなくてはならない」が自分の視野を狭める、というのは
よく言われていることだと思う。

だけど、
「こうでなくてはならない」が全くないわけでもなく
全てなくせばいいわけでもなく、

じゃあどう判断したらいいんだ!?
というのはやっぱりある。

「こうでなくてはならない」の最大のミスは
「どっちを選んでも変わらないのに片方でなければいけない」
と思っている場合に起こる。

場面によって変わるとか、
別の結果が手に入るので考えないといけないとか、

そういうのは「どちらか」が必要なんだろうけど
やってみればわかるが、
そういうことはかなり少ない。

まして

これまでこれを信じてきたから変えないとか
否定されたら反論する一貫性とか先行心理とか、
認めてほしいから何か賢いものを軸にするとか

そういう愚かしいのは論外。

多くの場合知識不足、情報不足によって
危機感や不安が煽られたときに
不必要情報を「それしかない」と採用してしまうことが多い。

こういうののほとんどがどちらでもいいという結論になる。

例えば。

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で言っていることだけども、
スリランカでは離乳食に激辛カリーを食べる。

ジャマイカでは赤ちゃんをうつぶせに寝かせ、
ベビーオイルではなくオリーブオイルを塗る。

タイ人はほとんど野菜を食べない。
気候と野菜不足で寿命は60代だが
毎日笑顔で暮らしている人が多い。

欧米の多くの国で「赤ちゃん」を卒業した子供は
自分の部屋を与えられる。いつまでも親といない。

外国がそうだからそうしなきゃ、というのも
日本人には多く見られる「こうでなくちゃ」で、

そういうことが言いたいんじゃなく

離乳食に濃い味があろうが、薄かろうが
うつぶせだろうが仰向けだろうが
ベビーオイルだろうがオリーブオイルだろうが
野菜が少なめだろうが
自分の部屋があろうがなかろうが
そして、
予防接種を受けようが受けまいが

その後の育ちに大きな影響はない。
影響する物事はある。
だが幸せな人生を送る人であることにほとんど全く影響しない。

ランチをカレーにするかラーメンにするかの喜び比較とその後の影響
ランチをカレーにするかラーメンにするかのリスク比較とその後の影響
そして
予防接種を打つか打たないかのリスク比較とその後の影響は
ほぼ見るまでもない誤差に入る。

僕の娘は母親の意向によって予防接種を打っていない。
最初確認されたときに「希望する方でいい」と答えた。

予防接種を打たないリスクは感染症などの深刻な特定の病気にやられてしまうこと。
予防接種を打つリスクは副反応による最悪なケースは死亡、または一生抱える病気。

どちらも確率的に見ると限りなく低く、
どちらを選んでも必ずリスクが生まれる。

そもそもリスク対応の基本は
どのリスクを取ってもいいか?の選別
なので
「こうでなくてはならない」
「こっちの方がいい」

と言っていることに無理がある。

例えばアロマがいいとか、レメディがいいとか
その道の知識、周辺知識、経験と情報の促進をしたとして
かなり熟練になってから一度止めてみるといい。

ほとんどのケースの、ほとんどの人で何も変わらない。

執着がなくなった分自分を本当の意味でいかせることも少なくない。
なら、
最初から執着せず
「どちらでもいい物事」に振り分けることだ。

どちらでもいいのなら、
その物事に余計な考えや感情を持つ必要がなくなる。

本当に必要な自分自身のことを考え、感じ
優先して進めることができるようになる。

それがなかなかできない、
そうはうまくいかない、というのは

必要でないものを必要とし
考えなくていいものを考え
感じなくていいものを感じ

不安や強さに流されて
どうにかしないといけないという思い込みによる。

「どちらでもいい物事」フォルダを作り
今「必要だと思っている物事」を振り分けること。
どちらでもいいの中に
「やらなくてもいい」というものがあったら
すかさず止めてしまうこと。

例えば
内面を見つめて解決しなければならないとか、
結婚しなければならないとか、
結果を出さなければならないとか、
子供には目を見て話さないといけないとか。

余計なことをやってるから自分らしい生き方ができてないんじゃないの?てこと。

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