自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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どのくらい愛されていますか?


長い地方行脚が終了したのでまた日常のコラムモードに戻っていきます。

まずはラブがたり。

富士山合宿セミナーでも話した内容の一部です。

よく「あなたは愛されています」的洗脳をする人がいます。

だってそういうふうにできている的な理由を使って。

でも自分の頭を使って良く考えてみてほしいのだけども、

実際問題毎日のどの場面でどのくらい愛されているか?ということを冷静に考えてみたとき

さほど・・・むしろ、まるで愛されていないことに嫌でも気付かざるを得ないはずです。

愛されていることを認めるよりも、

愛されてなどいないこと・・・・現在どの程度愛されているのか?を認めた方が

現実を進めていくためには不可欠です。

現実逃避して得られるラッキーな結果はそうそうないことだし、

得られたとしてもそういうのはニセモノなわけです。

ラブを考える時に簡単なのは恋愛的ラブなどくくりがあるもの。

大きな意味での愛は突き詰めて考えてもよく分からなかったりします。

ここはひとつ、ラブがたりなので恋愛的ラブに限定してみます。

実際問題愛されているのか?を考える時に、相手は必要不可欠です。

相手が自分のわがままを通したかっただけなのに愛されていると錯覚していること

相手が愛を出しているのに、全く受け入れていないかスルーしていること

相手が何も考えていないのに、愛と受け取ってしまうこと

というような勘違いラブは腐るほどあって、

こういうことを「それも愛」だとか「実際に存在する」とか、無理な解釈をする人も多々いるのだけども

愛がこんなんでいいのなら、こんな程度のものをもっとやれば良いということになってしまいます。

で、こんなんでいいわけがない。

相手がいなければ恋愛的ラブは成立しないし、

相手がいてもどちらか片方が誤解や錯覚しているとラブは成り立ちません。

恋愛は一種のコミュニケーションだから、相互で一致しなければなかなかラブにならない。

「愛されている」を考える時も同じで、

錯覚や誤解の「愛された!」はただの勘違いでおめでたい反応です。

もっと愛されるのには、雑誌なんかだと自分を磨く的なことが書かれていたりするのだけども、

実際には「こうこう、こういう風に愛して」と相手に伝えるしかありません。

もっとカレーが食べたいなら「ルーかけて」と、

もっとゲームをしたいなら「あと5分」と、伝えるしかないのと同じです。

なのだけども、たんなる欲求の押し付けもまたで、

相手が愛して気持ち良くなり、自分が愛されて気持ち良くなるポイントをうまくつかんで言うことです。

もし倦怠期に入っている方がいるとするなら、その範囲内で気持ちよく愛してもらうポイントが、

既に充実した関係を築けている人は、さらに知らない世界のポイントがそれぞれあるはずです。

愛することよりも、愛されることの方が難しいように人はできています。

愛する、という行為は相手がどう捉えようと関係なく愛したことになるけども

愛される、という行為は受け入れられた時に成立する上に、

愛でないものを錯覚して「愛された」とすることもあるからです。

(愛され上手はそれもよしとする傾向があります~勘違いラブを受け入れる・・・)

愛されている分量はだから、自分が愛している分量よりも少なくなるの法則です。

一概に言い切れないのだけど、

だから、愛しまくっている人の方が愛されている分量も多いということになります。

愛するというのは、ひとつの愛される分量を増やすための手段になり得ます。

やはり、ラブを知っている人はラブに敏感になるのだから、

周り回って愛されることも敏感にキャッチできるようなセンサーが磨かれます。

あの手この手を使って、もっと愛されるということをやってみると

当然のこと、

今の現実がなんだか知らないけど良くなるということは間違いないと思うのです。

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