自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

HOME / コラムを読む

なんかワケのわからんこと書きますがね。


予定を1日早めて福岡から東京に戻りました。
当初考えていた
小説でも書いてバケーション~な空気はどこにもなく

ねねと過ごす時間多し。
一人でお茶する時間も多し。
な、感じでした。
ま、だって、生まれちゃったもんね。そりゃそうなるわな。

帰りの飛行機で思ったことなんだけど

ねねと一緒にいるときや福岡モードの自分
・・・・心の時間がゆっくりで焦りや不安が
ものすごくなくなる自分

と、

東京で仕事やら才能を発揮する自分
・・・・躍動感があって、活動しまくって
おされにもものすごく敏感になったりする自分

が、

あまりに違うなぁ、と

いや、もちろん関わる人や環境が変われば
人格や性格もそれに適応するんだけども

なんだかそういう簡単な分析的なことを
言っているのではなくて

福岡と東京は世界が違うのだな。

や、当たり前じゃなくて、

なんつーか、
同じ軸に世界がないというか、
飛行機という手段を使って物理的移動をしているのではなく
飛行機という手段を使って次元移行しているような
そんな感覚。

同じ日本なのに、
パラレル的な別世界に移動してる、みたいな。

あっちの世界ではあっちの世界の自分がいて
ちゃんとそのモードで生きており、

こっちの世界ではこっちの世界の自分がいて
ちゃんとそのモードで生きている、

というような感覚を持ったんだわ。

でな。
あっちの世界の自分から、改めてこっちの世界の自分を見て
気がついたことがいろいろとあった。

いくつかあった。

それを書く気はあまりないんだけど
次元の違いというのは高次か低次ではなく
隠れた並列世界なんじゃないかな。

ま、科学でもそういう論法があるみたいだし。

膜とかひもも、
次元間にたゆんでいる・・・らしいし。

そう考えたら、次元って結構簡単だよな。

人間的に考えたら
たとえば本気でパラレルワールドに飛ばされたとして
はい、どうやって生きていきますか?
ってなったときに

色んな感情がわき起こるのは別として
目の前の現実にどのように適応しようとするか?
と考えて精一杯やりますわな。

マンガでは別次元の話はよくあるし、小説だと「ボトルネック」なんかがオススメ。あと「1Q84」なんかもそうだね。

つーことはだよ。あーた。

元の世界のことを考える余裕はないし、
元の世界のために生きてる場合でもないし、
その必要もない。
どうにかしなくてはならない。

何言ってるのかというと

パラレルワールドに飛ばされるという仮定を持ち出したら
ものすごく簡単に答えが出てくるのだけども

目の前の現実を生きるというのは
つまりそういうことです。

人間って無駄に賢いから

未来や過去を想定して、そのうち今を生きなくなるとか
リスクや可能性を検討して、今をおろそかにするとか
目の前にいない人のことを気にしまくるとか
今ジェットコースターに乗っているのに、次の乗り物の心配をしているとか

まぁ、そういうことやるわけだ。

目の前にないものはない
という現実でやる方が
よっぽど楽だし、
事実上、その方が上手くいくことの方が多い。

あ、先手を打っておきますが
そういうのに愛は全然関係ありません。

こっちの世界に戻って来たオレって
のことをほとんど考えない。
あの子のために働かない。
これはロンにも同じことがいえる。

あっちの世界に行ったオレって
仕事のことほとんど考えない。

違うところの住人になれば
おそらくその住人として必要なこと以外は
考えないし、やらない。

目の前にあるものだけやる。考える。感じる。

小学生や中学生の頃の旅行を思い出してみたら
これはみんながそうじゃないかもしれないけど・・

帰ったらこんな経験をしたことや、
こういう風に感じたことを
仲のよい友達や親や誰かにめっちゃ言おう!
と思ってたんだよな。

そういう経験ないかね?

なんつーことを考えた飛行機の中

世界は一定ではないし、
自分や人格も一定ではない。

なんで一定でないのか?は・・・
ま、いっか。長いしやめとく。

だから「これが私だから」ってのは
究極の言い訳なんだよな。
自分が思っている自分は、
9割5分間違い。というか、狭い。

とかなんとか、な今日

トップに戻るボタン