自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

HOME / コラムを読む

キレイと美しいは違う


こちらは2009年1月1日に掲載されたコラムです。

僕は美的センスがかなり狂っているのか、

それとも本質的な部分しか見ていないからか、

(本当にどっちかわからない)

美人を美人だと思ったことがありません。

松原靖樹のミニセミナー・ログ  

なので、

  「○○さんって美人だよね」

という発言を聞くと、必ず

  「え?・・・え?」

か、

  「えーーー!?」

かの反応をしてしまいます。

身近な人でもタレントでも誰でも。

むしろ「僕を前にしてお世辞言わなくていいんじゃない?」と思ってしまう。

だからたぶん、

世の男性は美人を直視するのが恥ずかしいと思うのですが、

僕にとっては”なんとも思わない”対象なので全然ジーッと見れるわけです。

(なんて話はどうでもいい)

かねてからずっと、

一般的に言われる美人は、僕にとって「整った顔の人」という認識がありました。

最近何人かに聞いてみるとどうやら

  美人=キレイな人

という認識があるようなのです。

そして、キレイのややこしい話エトセトラを全部省いて

結論として行き着くのは、キレイは作ることができるということでした。

松原靖樹のミニセミナー・ログ  

または整っている+作るがキレイかもしれない。

なんだか分析風になりましたが、

一番言いたいのは美しいの方です。

僕が美しいと聞いてまず思い浮かぶのは富士山。

いち富士、に鷹、さん茄子・・・ということで時節的にも正しい、か?


 全然関係ないですが、茄子で思い出したのだけど

 池袋にある永利という中華料理  の茄子のフライは絶品。

 昔から利用している中国東北料理という珍しい料理の店です。

 大体どの料理も美味しい。

 寒い地方の料理なので味付けは全般的に濃い目です。

で、「美しい」ですが、

こちらも間の話を飛ばしてみると結局、

  にじみ出る美しさ

というのが、本質的なことではないか、というところに集約しました。

作ることはできない。

キレイを凌駕する。

素のままで輝きに溢れている。

気品を含む。

人なら、内面の美しさが内面に出るのではなく、外見に出る。

これは僕個人のいち意見ですが、

美人になろうという意識高い人は、きっと美人ではないと思います。

美人は「なる」ものではなく、「ある」もののはずです。

これは、

  能力はできるようになるもの

  キレイになるもの

と、

  強みはできてしまうこと

  そこにある美しさ

の関係に似ている気がしました。

ということは、人は誰でも(男性でも)内側に美しいものを持っていて

まだそれを見つけていないか、気がついていないだけだと思うのです。

トップに戻るボタン