自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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ショートカットして構わない。


僕としては珍しく20代半ばの人と話す機会があって、はしょって言うと
「ベンチャーで独立する人たちが回りに多くなってきました」ということだった。

うん。わかる。
だって20代後半で独立する人たちは、勢いとパワーがある。
集まりも積極的にやるし、いわゆる情報交換会みたいな形を取る。
バイタリティのある20代は、当然そこにセンサーが反応して集まろうとする。

とゆうか、僕も昔そうだったし、そういう人の集まりって腐るほど体験しているんだよ。
で・・・・・・ムダ

かなり実体験に寄っているかもしれないけど、集まってくるのは不安がベース。
起業直後でどうしていいかわからない。
特に営業をどうしていいかわからない。
なので交流会を営業の場にする。というところはよい。むしろ賢い。

なのだけども、そこで熱気を発して夢を語って、仲間を作って、仕事も取れている
ほとんどの人が事業に失敗して消えていく
事業に失敗しなくてもそういう交流会を必要としなくなる。

なんでかって、本気で何かに取り組んでいたら、
うまく行くかどうかはわからないところで群れている時間はないでしょ?
(女性の場合はちょっと違う場合もある)

僕は結構苦労人で、努力も根性もやってきた。尋常ならぬぐらいやったと思ってる。
(というようなストーリーを書け!と首藤さんに言われている・・・)

なんだがね。

僕が最近さまざまな面で注目しているのはこの男!ヒロ・アタラシ で、
苦労していないとは言わないけども
ムダな努力、ムダなプロセス、ムダな行いを一切やらないスタイルで
僕よりもはるかに若いときに金は稼ぐわ、時間的自由は手に入れるわ、
はっきり言って、学ぶところ多し。
そしてムダなし。

ムダがないという意味では稲垣佳美さん もものすごく尊敬している。

ま、つまりあれだ。
ムダはなくてもよい
あってもいいけど、なくても全然よい。それが幸せになるかどうかとは関係がない。

老子には「無常の無」というのがあって、はしょって意訳すると
ムダに見えることもムダじゃないからやれば!?ということ。

確かにそういうのもあると思う。

なんだけど、学校教育とか社会に出てからも努力、根性、訓練みたいなキーワードを連発されるおかげで
さも、それがなければ一人前ではない・・・みたいな、悪習慣がはびこっている。

例えばビジネスコースなんかやっていると、
出してもらったビジネス案の10に8つは不要。ムダ。必要なし。成果に結びつかない。
楽していきなり儲けたい~なんていう願望は論外だとして、
でも必要以上の努力をしまくる態勢が僕も含めて多くの人にある。ありすぎる。そして、いらない。

結果を先行で取るという癖、
1番を1番目に手にするという習慣、
ショートカットして楽に早ければいいという考え方、
をそれぞれ必要とする場面は予想以上に多い

つまりは、これができる人とできない人の差が、
やってもやっても上手くいかない人と、ただただ単純に上手くいく人の差ということ。

追求や深堀はこれができてからでいいよね。

努力や痛みも必要なんだよ・・・というウソは誰が言いふらしているのか?というと、
努力や痛みを伴って今日を作ってきた人だけ。

そんなことをしなくてもうまく行っている人は、
これまでただ単純に上手くいってきたので、それが当たり前だと思っているので
いちいち言語化して誰かに伝えるなんてことをしない。
そういうもんだと思っている。
そういうもんだと思っていることに人は気がつかないので、言語化もされない。誰にも伝わらない。

が、確実に上手く行っている

こんな感じ。
学校で問題を起こさないようにあらかじめ手を打つ子は目立たなく評価されない。
が、問題を起こしてから大幅に取り返す子は周囲から大きな評価を受ける。
自分を上手く運ぼうとするときに注目するべきはどっちですか?ということ。

ショートカットできるものは全てショートカットする。
できないものはしょうがない。やるかやらないかを決める。

ショートカットできないと思い込んでいるものは、思い込みを捨てる。
例えば多くのブロックがなんの感情的抵抗を伴わずに解消できる。しかもすぐにできる。
多くのビジネスが、しょーもない手入れを2つばかりするだけですぐ儲かる。
多くの恋愛や人間関係が、少し考え方を変えるだけで飛躍的に上手くいく。

なんていうことはよくある。
自分でショートカットを探して、結果を先取りすることの大切さを知覚に入れて味わうことだと思う。

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