自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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スケールの誤認。器ともいう場合あり〜「理解」を使うシリーズ3


【「理解」を使うシリーズ】

「理解」を使うということ
事実誤認と理解。マジメに向き合うことの誤認~「理解」を使うシリーズ2
スケールの誤認。器ともいう場合あり~「理解」を使うシリーズ3 (この記事)
意味を探るムダを省き知覚が広がる~「理解」を使うシリーズ4
不要な努力をしなくて済む「結論の理解」~「理解」を使うシリーズ5
「理解」と「わかる」を使い分ける~「理解」を使うシリーズ6(最後)


自分を低く置く。と、安心できる。できない自分でいる方が何かと言い訳が立つ。
しかも、できないもの同士で見事に共感できる。つまり、友達や仲間ができる。ハリボテの・・・

そこまでネガティブではなくても、
過去に否定されたつらい経験があると、世界観を自分で小さくして自分の価値を低く置くこともある。

そんな回りくどい心理状態がなくても、ただの普通の状態でも
人は自分を必ず等身大以下に置く
100点の自分ではなく、70点自分の評価を自動的にしてしまう。
60点ぐらいの評価の人は自信がないことに悩み、
80点ぐらいの評価の人は過信によって周囲から嫌われる。

が、どれもこれも本当の正しい100点の姿を現していない。

なぜ人が自分を低い位置に置くのか?の一番の理由は自覚できていないことにあって、
例えば強みでいうなら、特に
なってしまう強みなんかは自分の力とは思いにくいし、指摘されても認めがたい。

なってしまう強みというのは、例えば、

別に飲み会が好きでもないのに、いつも誘われる。そしてみんなは好きだから超楽しそう。
こちらはお酒も飲めないし、話すのは苦手。いつもおとなしくしている。
もう次からは行かなくてもいいかなぁと思っている。

ところが次もまた誘われて、やんわり断ることがあってもいつも必ず連れて行かれる。
いちどなんでそんなに誘うの?私がいてもおもしろいわけじゃないでしょ?と聞いたら
「あんたがいないと盛り上がらないのよ」と、勝手な理屈が展開されてしまった。
だって盛り上がっていないのは私で、みんなは別に私がいなくても盛り上がってるでしょ。

とゆう場合に、自分目線で見たら本当にそうと思える、思うしか解釈できないことでも、
実際に飲み会の現場ではあまり話さない、飲まない自分がいないと
いつも盛り上がりに欠ける・・・なんていうことが起こりえる。

盛り上がるのは一体誰の力で、おかげか?
・・・というのがなってしまう強み
自覚のしようがないので、自分の強みと思えない。が、確実に自分の強みで持ち物。
でも思えない。

この「思えない」というのが、イコール「ないこと」にしてしまうので、
人は等身大で100点の自分ではなく、間引いた自己評価をしてしまう。
そういうメカニズムになっている。

こういう自覚しようのない物事を目の前にしたときにやることが理解
理解以外の方法では絶対に自己認識できないし、納得や筋道など決してわかりようがない。
単純理解だけが、ないことにしているものをあることにできる

ところが。

ごくまれに。

困ったことに本当に認識も自覚もしようのない自分に行き当たることがある。
理解以前に知覚がない(つまり本当に知らないしない)、ということがあったりする。・・・困る。

自分の過ごしてきている環境によって、
「大体この世界でうまくやるという枠はこんな感じだな」誰もが自動的に判断する。

そしてその世界枠の中で自分を上手く働かせようとする。
一番よくあるのは女性は美を磨き、男性は稼ごうとすること。
もっと自分を知っている人は、自分の資質・・・強みを生かしたり成果を上げたり幸せになろうとする。

強み(資質)を使うので当然人よりも遥かに上手くいく。
人には難しいことを自分はカンタンにでき、結果もついてくる。
周囲に支持してくれる人も集まってくるし、お金が大量に入ってくることも少なくない。

どこからどう見ても、自分を生かし、成果を上げ、幸せをゲットできている。
不満足もない。趣味に費やす時間もある。
内省も十分してきた。今は好きなことに打ち込める状態も整っている。
が、スケールの誤認がありそれに気がついていない

スケールというのは、自分が適用、活躍するためのサイズのこと。
ものすごいズレはあるのだけど、わかりやすく言えば器の大きい小さい。

人よりも活躍している、人よりも売れている、生活に余裕はあるし、幸せもゲットしている。
高速道路でアクセルを踏んだら、他の車よりもかなりスムーズに走れているということ。
他の車よりもスムーズに走れるということは、
その車はおそらくセダンとかクーペ。そりゃうまく走れる。

なんだが、たまにそれサーキット用のスポーツカーですから!というのがまぎれていたりする。

が、本人は自覚しようがない。
だって高速道路とはいえ制限速度があり、目的地に着くという目的がある。
それがたの車よりも上手く達成されている。
120キロ以上は出したことがないし、車で勝負などしたことはない。
だって必要ない。
必要ないことを言われても、何を言っているのかよくわからない。

・・・ということでスケールの誤認が起こる。

つまりは、高速道路で他の車よりもスムーズに走ることができているという成果よりも、
実はもっと速く、もっとスーパーすごい結果を出すことができる車であるということ。
が、高速道路にいる以上、気がつきようがない。

もっと馬力がある、もっとすごい車である!と理解することが、
スケールの誤認に対して唯一効果を発揮する手段になる。

これって軽自動車だからダメと言っているのではなくて、
小回りが利き燃費が良いというスケールを、やはり高速道路を走っているために見逃していることがある。
このスケールの誤認も、理解によって徐々に自分のものにすることができる。

あまりに現在の自分からかけ離れている、しかし確実に自分であるというものは
自分では限りなく気がつかない
多くの他人も気がつかない
針の穴を通すような出来事がふと起こった偶然のときにはじめて知る機会ができる。
(でなければ僕みたいな本質マニアが自己満足のために指摘しはじめると機会ができる)

が、ほとんど100%の人が、その機会を受け付けない。
だって、必要なく、何を言っているかわからなく、ないも同然のことだから。

素直で受け入れができる人も受け付けないことがよくある。
だって、必要なく、何を言っているかわからなく、ないも同然のことだから。
つまり知覚がないから
知覚がないものをあると言われても、はいそうですかありますね・・・とはならない。

だからここは、「へー世の中にはそういうものもあるんだね~」理解をするしかない。
よくわからないけども、というか全然何もこれっぽっちもわからないけど、そういうことにしておきます、とする。
小さな糸口は理解しかないし、理解しておけば長い目で見て必ず開花する。

スケールの誤認は理解によって解決する。
理解によってでしか解決しない。

感情に取り組んでも論理を構築しても、五感や直感を鍛えても、ディスカッションや信頼を築いても解決しない。
むしろそういう関わりから生まれる環境設定が、自分のスケールを誤認させる。
この誤認は、その後上手くいくように頑張ってしまい、かつ成果を得てしまうので
スケール誤認のまま認識され、強化され、定着する。

スーパーサイヤ人になれるのに、フリーザが来なかったのでなる必要がなかった、みたいなことになる。

スケールの誤認が理解によって定着するのには時間がかかる。
が、その時間を消化した後の自分は、そのスケールを生かす場所を探し
新しい方法と視点で活躍してより自分らしい世界を作ることができる。

と、いうことがある。ということを理解しておくと、
理解を使って前提的に自分を上手く運ぶ要素ができてくる。

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