自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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セミナーを捨てる、ということ(超長文)

このコラムは2008年7月13日に掲載されたものです。

経営者になって2年生や3年生の頃、ありとあらゆるセミナーに行っていました。

まだビジネスを学ぶときだったし、
どのセミナー(講師)が本当に役立つ情報を持っているのか
ということを知るために量を取るしかありませんでした。

失敗が成功よりもはるかに多くて、最終的には失敗する前提で後ろの方に座り
本を読みながら聞いていたことも1度や2度ではありません。

講師が人気のセミナーにも行ったし、
大手企業の部長クラスしか来ないセミナーにも行きました。

今、たぶん同じようにより多く、より良く勉強していて、
学ぶ意欲もあり人の話に耳を傾けることができる人・・・
昔の僕のような人・・・がたくさんいると思いますが、

セミナーを捨てなさい

と伝えたい。

セミナー講師をやっている人なら誰もが知っていることがあります。

それは
どんなに素晴らしいことを伝えても、それを実際にやる人はほとんどいない
ということです。

昔、あまり目的もなく和田裕美さんのオフィスに入り浸っていた頃、
当時の彼女の悩みのひとつに

「営業研修を行った後はやる気も出るし、数字も伸びるけど、
時間と共にまた同じ状態に戻っていく」

というものがありました。

和田さんですら、そう感じている。

まして他のセミナー講師は、そんなことに悩みもしなければ、
しょうがないと割り切る人もいれば(実際いる)
販売の目的のためにその方が好都合だとする人もいる
(ビジネスセミナーではこのタイプが一番多い)

それでもセミナーを行うスタイルというのは増えていて、
彼らは確信犯的にセミナーを行う。

実際その方が売れる。

セミナーに参加した人は次のセミナーにも参加しやすい。

何度か参加してコミュニケーションが生まれると(信頼関係ではない)、
その人が主催する別のセミナーや商品に喜んで財布を開くようになる。

僕もビジネスをする人なので、
理想を高々と掲げて「だから間違っている」とは言わないけども、
こういうスタイルのビジネスやセミナーはやらないし、賛成もしない。

キャッチやタイトル付けがうまくて、中身はよくわからないけど知名度は高いとか、
六本木ヒルズでセミナーをやっているから信頼があるというような、
もはやセミナー内容とは何の関係もない評価に踊るのは、
損失とまでは言わないけども、根本的には間違った選択をしていると思う。

そういうセミナーを捨てることが、セミナーを受ける側の課題になっていると、
はっきりと思う。

セミナーを受ける側にも問題がある。

にも、というか完全に責任がある。

セミナーにもスキルやテクニックがあって、分厚い資料を渡すとか、
セミナー後に飲み会をやるとか、受付にキレイなお姉さんを用意するとか、
ワーク中心で体も使うとなおいいとか、
スタッフをボランティアでもいいからたくさん用意するとか、
それらの目的は「お客の満足度を高めるため」に行われる。

計算されているし、心理が動かされる。

結果的に実際満足してセミナーを後にする。

実にくだらないと思う。

満足感を高めるためにセミナーに行くんですか?ということ。

(とはいえ、自分も昔はそれをやっていたので・・・あまり偉そうには言えないのだけど)

セミナーをする側がわざわざそういうことをするのはどうしてかというと、
お客の満足度を上げるため。

満足してもらうためであって、明日から役に立ってもらうためではない。

お客がスキルを実践に落とし込もうがそうでなかろうが、
主催者にはそんな責任はないというケースがほとんどなわけです。

だから、そのほとんどの人はセミナーに行ったところで
自分のビジネスに何かを反映することなどできはしない。

成果を出せるようになることなど夢のまた夢だ。

と書くと、騙されたような感じになる人もいるかもしれないけど、
そこが実はセミナーを受ける側の最も大きな責任で、
つまりは参加者が目的を絞らずに安易な満足を望むから、
主催者がそれに応えるという悪循環が生まれている。

それなら最初から行かない方がまだましだ。

家でドラッカーを読んだ方がいくらも収獲になるし、コストパフォーマンスもいい。

セミナーを受ける側の根本的な間違いは3つある。
(セミナーをやる側の根本的な間違いは数え切れないのでもう書かない)

  1. 知識欲を満たすこと

  2. パフォーマンスを期待すること(楽しみたい欲求を満たす)

  3. やっている気になること(努力のための努力による認知)

知識欲を満たすというのは、何も悪くない気がするかもしれない。
(それは間違いなく気のせい)

ビジネスに必要なのは知識ではなくスキルで、
それも具体的に現場で使うスキルであって、
もっと言うなら、現場で使って成果を生み出すスキル、である。

だから、知識欲が満たされる・・・
つまり、
深く納得できるとか、目からウロコだったとか、新しい方法を習得できたとか、
そういうことのほとんどは実際に役に立たない。

パフォーマンスというのは満足度のことで、
楽しみたい欲求を満たすことにつながっている。

新しい気づきがあること、講師の人柄がいいこと、本を出している有名人に会えた喜び、
提供されるレジュメの量などは時に感激することもあるが、
それは感情の問題で実際のビジネスには結びつかない。

実利でなく満足に視点があると、どんなセミナーに参加しても意味がない。

努力のために努力する人には傾向があって、
数多くのセミナーに参加する人と、カリスマの言葉に感動する人が当てはまる。

ビジネスで必要なのは成果であって、努力じゃない。

一生懸命の自分に「やっている感」を感じるなら、セミナーを捨てた方がいい。

成果を挙げる人は、効率と効果の関係を考えて、
必要なことと優先順位が高いものを選択する。

努力ではなく選択をし、やっている気になるのではなく、やるべきことを定める。

それができない人はセミナーに行くだけ無駄だから、とりあえず一度止めた方がいい。

ビジネスには業種・業界、お客層・マーケット、販売価格などの色々な要因があって、
セミナー講師のそれと完全に一致するとはいえないから、
セミナーが全体的にいいということはあり得ない。

どんなに素晴らしいビジネス書でも、実際に役立つところは多くて10程度で、
あとは自分のビジネスにはうまく当てはまらない。

同じことはセミナーにもいえる。

だから、目標が上の3つではなく成果にある人は、
新スキルの何を、具体的に、どのように落とし込めるか、
それがうまく行く可能性はどのくらいあるのか、
といういい意味での自己中心軸でセミナーを選び、行く。

はずした場合はすぐに帰る。

ここまでで言いたいのは、

成果に向かず、知識欲や感動・満足、
やっている感を満たすためにセミナーを求めている人は、
本末転倒だし何より無駄だからセミナーを捨てることを覚えた方がいいということ。

そしてどんな成果のために、どのセミナーを選べばいいのか最初からよく考えて参加すること。

それができる人だけが、結局はうまくできるようになるということ。

ビジネスの一線から退いた頃、
「セミナーをやればいいのに」「向いているし、おもしろいし」
とよく言われたことがある。

その頃にはもう全くセミナーをしなくなっていたので、そしてしない理由があったので

「どんなに力を入れて知識や情報を伝えても、それをやらないなら意味がないし、そういう人に一生懸命自分が持っているものを出したくはない」

と言って断っていた。

(今再開しているのは、マーケティング中心で内容を定め、あらかじめヒアリングし、ミニセミナーで目を届かせ、フォローで組み立てるところまで見るスタイルにしているから)

僕は今でもだから、「先生」とか呼ばれたくないし(実際違うし)、
実のところ尊敬もしてほしくない。

たまたま知っていること、持っているものを出せるから出しているのであって、
それはたとえて言うなら八百屋が野菜を売っているのと変わらないと思う。

自分が持っている強い部分・・・野菜を仕入れることができる・・・があるからといって、
それは別に先生ではないし、尊敬するほどのことでもない。

感心や感謝はあってもいいともう。でも、それはお互いさまのこと。

そして何より、心理学的に見ると「先生」「尊敬」の背後には必ず上下関係の存在がある。
(ゆるやかか激しいかは別として)

まだまだダメな人から見た達人との関係。

そういうのは心からアホ臭い。

僕の場合だとたまたまビジネスを知っているしスキルに落とし込むことができる。
マネジメントが強い。

でも別のある人は、毎日幸せに生きていて、でもそれを誰に伝える術もないかもしれない。

どっちが偉いかなんて言えるはずがない。偉いんだとしたらどっちも偉い。
つまり誰だって偉い、みんな偉い。

だからたとえセミナーをやってもコンサルをやっても、
対等の関係からはじめるし相手の強みから相手を判断する。

教えてほしいことがあれば必ず聞くし、感心すれば涙が出そうになることもある。

それが人間関係でしょ?先生とか師とか、そういうのいいよ別に。

にも関わらず、多くの人が僕のことを先生にしたり、
セミナーに参加し続けるのはひとつの心理が働いているからです。

  人は良いもの、正しいものに魅かれるのではない。強いものに魅かれる

ということ。

強いものに影響を受けると、人の心はそっちに流れます。これは自然な心理。

けれども、セミナーのところでも書いたけど、
自分に軸がないから「強い=正しい」「強い=良い」と安易に決定してしまう。

強いということは説得力があるということであったり、
確かに一面そのとおりだということだから、まるっきり否定もできない。

心理面では、それを何度もリマインドすると、それこそが唯一絶対の正しさだ、
なんて思うようになる。

それもこれも軸を持たないから。持たない方が楽だから。

強いものに魅かれそうになったとき、それがふと振り返って自分を見つめるときです。

力強いものが、本当に自分にとって正しいのか、良いのか。

正しい・良いとしてどの部分が、何がそうで、そうではないことは何なのか。

それとは別に強い物事、強い人だからこそ信頼していい場合というのがあって、
それは強さと同じくらいの優しさがあるときです。

強くて優しい。信頼に値します。

できればセミナーもそういう基準で選びたい。
すくなくとも、強さを売りにしているセミナーは捨てたい。

強いオーラがあり、説得力のあるセミナーに参加する依存型の人が成功しない理由もここにあります。

まずセミナーを捨てる。

軸を定める。

セミナーを選ぶ。

それが自分自身のためのセミナー選びかなと思う。

(強引にまとめたけど、結構支離滅裂。書きたいことを書きたいように書くだけのブログは読者が減るブログです・・・ご注意あれ。というか、最後まで読む人いるんだろうか)

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