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フィンランドが目覚ましい幸せ系の教育 【教える仕事コラム02】


教員になるのに国家資格をとるほど難関。

全国統一テストはない。

通常学校は3時間だけ。

宿題はない。

 

個性を伸ばすことに目を向けて教育改革をしたフィンランドの考え方は、教える仕事をしている人にとって注目するべき視点に溢れていると思う。

 

 

まずはこれを。

 

 

 

オランダでもランチは家に帰って食べると聞いたことがある。

世界の教育事情を見ているといろいろなものがあるよな。

 

このフィンランドの教育体系は俺には「幸せ系」「個別化」に思える。

それで「成功系」のテストの点が上がること自体が不思議だとも思える。

 

 

 

何よりどことも違うのは、

フィンランドの先生の親身さというか人間ぽさ。

先生に授業進行の方法は任されているらしい。

 

 

 

 

雛形を学ばなければ学習したことにならない。

その雛形がどれほどできているかテストでいい点をとらなければならない。

もはや言うまでもないがこの考え方そのものに間違いがある。

 

日本人の根底には「自由を恐れる」風習がある。

だから初めから「自由はないもの」として統一性を求める。

お上の言うままに、ってヤツだな。

 

 

 

子供は親の顔色を伺う。親自身が子供なので幼稚な囲い込みで子供を見る。

もちろんメリットもあるが、自由風潮を断罪するほどではない。

 

例えば子供がご飯の前にお菓子を食べる。

お菓子を食べるとご飯が入らない。

 

別に食べさせればいい。その代わりご飯はなしにすればいい。

あるいはお菓子もご飯も自由に食べさせればいい。

その代わり、それが社会に出た時に通用するかどうかだけは

きっちり教えていく必要はある。

 

たいていの子は次第にお菓子に飽き、ご飯を食べる。

 

あるいは、ご飯がまずいからお菓子を食べているかもしれない。

ならまずいご飯を食べるのか、食べないのか

「お菓子に逃げる」んじゃなく、説明して選択させる必要がある。

 

 

 

そんなことが大人でも起こっている。

いい大人である自分が(特に教える仕事をしている人が)

自由に任せるという根本や手法を持っていなければ

その教育方法は結局、子供の頃から学んできたから・・・

という理由で採用しているだけのくだらない中身でしかない。

 

人はどうすれば、どうなるか。

どうならないのなら、何を省けるか。

自由度を増やす考え方はかなり重要なキーワードだ。

 

 

 

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