自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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ルールも守る必要がない。


約束は守るためにはない。シリーズ続き。
シリーズと言ってもこれで最後。

約束が個人的、対人間であるのに対して
ルールは集団的、対社会になる。

多くの人が協力して生きていくために
基準がなければ混乱するし、
なによりうまく行きにくくなる。

多くの人にとって物事をうまく運び
便利で簡単でスムーズに行くためにルールがある。

あるいは、
多くの人の足を引っ張る人を断罪し
バツを与えるためにルールがある場合もある。

ということは、多くの人がうまくいかないルールは必要ない。
少なくとも改変する必要がある。

もうひとつ。

うまく行っているルールであるとしても
そのルールを守ることが自分を殺すのなら
ルールを守らない方向で手を打つ必要がある。

ルールを守ると人生が終わる。

ルールを破るか
適用しないように運ぶか
場を変えるか
付き合う人とコミュニティを変えるか

をするしかない。

自分の人生、自分を生かすことよりも
ルールを守ることが上のはずがない。

というと、とても乱暴に聞こえ
そんなことをすると収拾がつかなくなり、
誰もが自分さえ良ければいいってなる!
という浅慮もあるが、

なるわけがない。

ルールを守らないということは、その他多くに対して
自分が不利になるということ

自分を殺さないのでルールは守らないが
そのために不利のままでいれば、結局自分を殺すことになる。

ルールは守らない。
そしてそこから生まれた不利な状況も変えなければならない。
人と、社会とどのように協調するか
真剣に取り組まなければならなくなる。

ルールは、それがルールというだけで守らなければ行けないという思い込みがある。
税金は払わなければならないと誰もが思っている。
だが現実には裕福だろうが貧乏だろうが
税金を必要十分に払っていない人の方が圧倒的に多い。

ルールを守らなければいけないというのがそもそも思い込みになる。

ルールはみんなで協議して作ると勘違いしている人が多いが、
実際にはルールは自然派生的に(自己組織的に)できる。
勝手に決まる、と言ってもいい。

古いルールは勝手に淘汰される。
つまり、守らない人が多くなってきて・・・
・・・それを時代に合わないとかいう言い方をするが、

つまり、自分がそれをやると
自分を殺しまくるようになる人が増えてきて
そのルールは最後には撤廃される。
または形骸化する。

そして新しいルールが勝手に生まれる。

古くなっているルールを「だが守れ」という保守的な人は必ずいて、
そしてその保守的なルールは必ずなくなっていく。

誰がどの時点で守らなくなるかは、
個性によって違う。

自分が合わなくなったらルールは守らなくていい。

自分を殺すようなプレッシャーから自分で自分を解放し、
自分で自分のルールを作って人生を歩む必要が
誰にとってもある。

ルールを守りきった人生を作る必要は誰にもない。

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