自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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不安と心配の美学


条件付きの愛に踏み込むと、種類がありすぎて無限ループにハマりそうなのだけど
リアルタイムなのでこの話題だけ入っておこうと思う。

強い不安が生まれたとき、人は不安を解消しようとする
当たり前。
前向きに、うまくやろうとする。
不安の要素が小さければなるべく自分を生かそうとするし
大きければとにかく生還するために力をフル発揮する。

不安が小さなときに自分を生かそうとする・・・というのは、

自分が思い込みで持っている
「こうあれば正しい」
「こうすればうまく行く」
「こういう考え方が適切」
という一定のルールに則って、物事に向き合おうとすることをいう。

自分を曲げてまでどうにかしないといけないほどの強い不安ではないが、
不安は確かにそこにあるので、
自分が解決できると信じる方法でその不安を解消しようとする。

その解決できると信じる方法は、ほぼいつも
なるべく早くどうにかしなければならないので
慣れた、成功を何度か積み重ねた、手だてを知っている、
ルール通りやれば何とかなる、という方法で行う。

それが最も確実である、と思っている

不安は目の前にあるのだから、ごちゃごちゃ言わずに、
今まで上手くいってきた方法さえ採用すればいいんだよ!
と心の底の芯のところから思っている

不安が大きければとにかく生還するために力をフル発揮するというのは、
大きすぎる不安が目の前にあると、誰でも余裕を失うので
どうこう言っている場合ではなく、とにかく強みを使って物事に挑む。

逆説的だけど、大きすぎる不安が目の前にあれば、
崖っぷちに追い込まれていれば
あれこれ言わずに強みが使える。
自分って案外すごいんじゃないか?と思うことができる。

こういうのを二次的強みという。

強みは強大な成果を導くので、
その成果を生み出した自分が、自己評価が、
次の不安を解消するモチベーションと意欲になる

小さな不安も、大きな不安も、
その成功体験の積み重ねが学習となり、
学習が習慣となり、
習慣が誤った確信となり、

その確信によって物事を進めればうまく行くという錯覚を生み出させる。
この錯覚は、誤ってはいるが確信でもあるので
不安を探し、見つけ、対応すればうまくいくという規範を自分の中に生む。

規範通りに行動し、成果を上げ、習慣となり、定着すると
不安を見つけ解決し、自己証明するというプログラムが出来上がる。

こうなると一生不安プログラムの世界で心配して生きることになる。

不安プログラムは、自分が持っている世界観に影響を与える。
世界観というのは「世界はこういう風にできている」という理解だから、
つまり世界は不安でできているということになる。

ので、自分の不安の感情だけで済めばいいのだろうけど、
そんなことがあるはずがなく、
不安視点で他人も見ることになる。

他人が自分に与える不安もあるし、
他人が自分自身のことを考えていることすら不安という視点で見る。

そういう世界観を持っていると、
自分はもちろん相手を自立している一人の人として見ることができなくなり
不安は心配を生み出し、
その心配に対して「不安プログラム」を押し付けることで
自分が安心できるというメカニズムが発動する

当然相手に対しての信頼や尊敬はそこにはない

が、厄介なのは、愛はあることがある
思いやりがあることもある。
優しさが加わることがある。

相手への心配、自分の不安を解消するための優しさの発動、愛の行為なので
こういうのを二次的な優しさ資質という。

不安と心配の世界観の押しつけなので、相手を尊重はしない。
むしろ尊厳を傷つけることすらある。
が、主観的な条件付きの愛はそこに存在したりする。

あなたが気がついていないリスクを私は気がつき、
優しい気持ちで思いやりを持って、
愛があるからこそあなたを心からどうにかしたくて、
時間を取って、言葉をかけて、なんとか何かをできないかと
頭と心をそこにたっぷりと注ぐ。

なーんてことをやっている私。
愛に満ちあふれている自分。
しかも自分の強みを使い、(誤った)確信によって
愛する人の役に立つ自分。
う、なんか書いててヘドが出そうになってきた。。。

自分なら、愛と強みで心配の芽を摘むことができる。(心の声・私の不安もこれで解消!すっきり)
あなたの幸せを心の底から願っているんだよ。(心の声・心配を解決できる自分て愛の戦士だ!)

ま、つまりは不安や心配など最初からないのだよ。
自分の存在価値を認めるために、
一度下げてから上げることで触れ幅を大きくして
自分の価値や、人からの評価を感じていたいだけ。

不安などなく、相手を信頼し尊重すると
「どーせだいじょうぶ」的態度で接することになるから、

冷たい人間で見られたらどうしよう、とか
人の気持ちを汲まない人間性と思われる、とか
自己中心的で自分のことしか考えない人、とか
現実を見ずに未来のことばかり気にしている、とか

つまりは人からどう思われるかを気にする人生になる気がするということ。

当然、不安の世界の住人はみんなそう言うよ
そして世の中には不安の世界の住人の方が、
そうでない人よりも多い。

だから共依存の結託が起こるし、
人間誰も否定されたくないので、
不安の世界を取り入れて共依存の結託に加担しようとする
はい。人生THE END。いっちょあがり。

単純な信頼と尊重。
相手がそうと決めたなら、それが受け入れられなくても信頼し尊重する。
「どーせだいじょうぶ」からスタートする。

そう思えない人とは付き合わない。
共依存の結託に参加しない。

自分自身に対しても、誤った確信の強化パターンを採用しない
不安をベースにして解決してきた実績ではなく、
素の自分がゼロから生み出せるものに注目する。

強みも優しさ資質も、いきなり生まれてくるものだけを使う。
往々にしていきなり生まれてくるものは、
自己評価が低かったり、気がついていなかったり、
事実コツコツとして目立たないものだったりする。

そこに注目して、ひとつひとつ気がつき、気がついたら生かす。

不安が全く存在しない、上手くできていることからもっと力を入れる。
自分が何に信頼、尊重できていて、
「どーせだいじょうぶ」という真の確信からスタートしているのかに注目し、
自分をうまく運ぶことができるようになったら、
不安と心配の旧世界から脱却することができる。

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