自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

HOME / コラムを読む

世界観は普通が反映される


以前読書のブログを書いていたことがあって。
読書ブロガーとコメントでの交流が盛んでした。
ほとんどが主婦なんだがな。
今から考えるとあのときのコミュニケーションが
この仕事に役立っている気もする。

で、最新の本や人気作家の本はやはりトークが盛り上がり
ということは、みんな当然のごとく読むわけで
そして当然感想なり書評をブログにアップするんだが

おもしろいように意見が一致しない。

今さらだが、人は視点が全然違う。
あの本は素晴らしい、に対して、クソみたいな本だってのは普通で
登場人物の視点の捉え方の違い、
そもそも主人公ではない人に感情移入とか
ミステリーだと構成的に早く犯人が分かったとか
(オレ全然犯人わからない・・・)

ともかく、ほぼ共通するポイントがない。
数人の話ではなく数十人のこと。

だから、か
同じようなことを書いて共感するポイントが一致すると
とても仲良くなる。
(だが他の部分では全然違う書評になっている)

ビジネス書でも同じようなことが起こり、
マーケティングが得意な人はその視点でのみ本を読み
その同じ視点を持つ人と仲良くなる場面を何度も見た。

この視点の違いは、その人の普通によって決まる。
これまでの生き方が普通になっている。

常識観ともいう。

つまり、何が普通で常識かは人によって全く違う。
この違いがその人の世界観・・・
世界はこうできているというスムーズな理解
を生み出す。

普通で当たり前のことに、人は気がつかない。
しかも他人もそうであると思っている。

なぜなら、
他人もそうであるという証拠を探し固めるから
で、でなければ孤独を感じる。
それが上に書いた読書の共感するポイントになるし

もはや、むしろ、

他人とは全然違う自分を出して共感や理解を求めると
なかなかそんな人がいない旅に出なくてはならないので
これがみんなの一致するものですよ
というものに最初から合わせようとする。

確かに世の中のルールの中には
合わせた方がより自分を生かし、寂しくもなく、上手く運び
共感と理解を得られるものがある。
それをやることに別に異議はない。

ところがそうやって培った普通は、
外の世界に適応するための普通であって
自分の内側の世界への共感と理解を求めた結果の普通ではない。

それも普通でいいが、
自分らしい普通ではない。
自分を生かす普通でしかない。

悪くすると自分を生かさない普通を受け入れなくては!となる。
これを二次という。

自分を生かさない普通が普通なんだから、
そうやって生きていくべきだ!
と自分を閉じる(人生を諦める、という)
のが逆次になる。

どちらも自分にとってはごくごく普通の価値観や世界観から生まれる。

ここから考えると
自分の人生を生きるということは、

外への適合的な普通をなるべく排し、自分を生かすものだけ残し
内に備わっている普通に合う「外」を見つけ出すこと
、だと言える。

それは小説というジャンルかもしれないし
人間関係という分野かもしれない。
商売かもしれないし、結婚かもしれない。

ひとつひとつ丁寧に生きるというのは
自分の中にある普通に対して一致するものを見つけるということで
自分の外にある普通を上手く泳ぐということではない。

トップに戻るボタン