自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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事実を積み重ね多角的に見ても、本質には至れません


なんか最近こういう話題が多いけど書ききってしまおう。本質の積み重ねで真実に至れない というのはこちらから。

事実を積み重ねるというのは、たとえばリサーチを繰り返したり知識を更新したりすることです。

これを継続的に連続性を持って行う。

同じ物事も違う視点から見るようにする。一方的な情報に偏らないように別の角度もあえて取り入れてみる。

事実は現実起こっていることです。

現実起こっているのだけども、自分、相手、他人などの視点によって見方や判断の変わる物事です。

その事実を積み重ねて本当のことを探そうとするのはとても重要です。

どう重要なのかというと、現実上手く生きていくために重要です。

仕事でもいいし、人間関係や恋愛でも同じ。

仕事でも人間関係でも恋愛でも、一方的なものの見方しかできない

・・・事実を自分の都合のいいようにしか見ることができないと

なぜだか何かがうまくいかない・・・・ということは簡単に想像できます。

事実を積み重ねるというのは、ある意味勉強熱心であり、深く掘り下げる作業でもあります。

事実を積み重ね多角的に見ることで明らかになるのは、本質ではなく現実です。

現実化する(できる)、と言ってもいいと思います。

現実(化)と本質のどちらが重要か、必要か・・・・というのはここでは関係なく

(そういうのは対象によって必要性が変わるので)

ただただ、両者は一致しないということです。

事実を積み重ね、多角的に見る習慣を持つということも、もちろん現実生きているわけだから相当重要。

本質・・・人間の営みの根本的なことで自然法則を含むもの・・・は、自分が自分らしくあり生かしていくために必要。

人間が人間としての、または自分としての本質が何か?何を持っているのか?ということを探るのは

事実の積み重ねではなく物事がどのように「ある」のかという根源から探る必要があります。

根源が何か?というところからスタートすることもあるので、事実を積み重ねるよりもあいまいで難しい。

原因の原因の原因や理由の理由の理由を探るようなものです。

もちろん直感的にいきなり根源に行きつくこともあると思います。

【関連記事】 原因の原因の原因は? ~因果の関係について

事実の積み重ねと多角的な視点は、現実ベースの確信を人に持たせます。

根源を明らかにする本質視点は、本当に本当に本当のことという確信を人に持たせます。

どちらも人に確信を持たせるということは、

どちらも人の視点と世界観を限定してしまって、「広いものの見方」によって逆に視野を狭くしてしまいます

確信というのは、確かにその通りで間違う可能性は限りなく低く、信じるに値するもの・・・と、

その人が確実性を持って自分の基軸や基準にしているものです。それが正しいかどうかは問いません

(ちょっと個人的事情で確信の説明をしてみた)

【関連記事】 「知覚」と「資質」を話した講演会となりました。

事実の積み重ねと、本質を探ることの両方を知っていると

確信状態は弱まって視野が広がります

(視野ではなく知覚を広げるためには、ジャンルと方法論、正しいマインドを持つ必要があります)

厳密に「これだ」と言えないものの方が、言えるものよりもはるかに多いことを知らざるを得ないからです。

必然的に発言の仕方が「~と思う」「こういうケースでは」「人によって違う」などあいまいになる傾向があります。

それがベストかどうかは別として、

事実、本質のどちらかに偏った確信に比べると幾分かはマシだということです。

物事にアプローチする切り口の大きな2つとして事実追及と本質探究の2つを持っておくとよいのだと思います。

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