自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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人のあり方(人間)を知っている〜専門家の作り方03


【専門家の作り方】
 01 専門家風情が専門家を舐めるな。
 02 技術と情報の扱いを知っている
 03 人のあり方(人間)を知っている(この記事)
 04 現実を認識できている〜最終話


専門技術を扱う者の人格が問われる。

頭が良くても心が伴っていなければ未熟者と言わざるを得ない。
未熟者に専門分野を任せたいと思う人はいない。

専門家の専門職は特に人に相対する場合は絶対だが、
そうでない技術を扱う場合も(たとえば物理学とか)
必ず人と接し、関わる接点がある。

この意味で、人間を知っておかなければならない。
人間を無視した専門分野は死ぬ。

直接人に関わる専門家は、
情報や技術を扱うことができるだけではなく、
それがどのように人に受け入れられるか、
受け入れられないか
どのようにそれが成されるかを知らなければならない。

受け入れ拒否にあったときに
いくら「これが正しい」と訴えても
その専門技術は受け入れられずに終わる。

必ずしも受け入れられる必要はない。
納得がいかず拒否をされたとしても
専門技術の成果が相手に及ぼされればいい。

たとえばガンの宣告は微妙な問題を含むが
相手が受け入れなくても
その後の治療の成果も含めて伝わらなければならない。

ところが、
正しさと現実だけが先行し
相手という人間、人間心理を知らなければ
専門家はその伝え方を間違える。

特に自分のリスクを回避する方法を取るとき
その専門技術を
少なくとも
リスク回避を一番にやる人からは受け取らない
ということが起こったりする。

人間がどのような心理を持ち、どう感じるかに関わることは
専門家の責任になる。

情報や技術を扱うと同じ意味で
人間を知ることは専門家の責任である。

この意味での信頼性
専門家は習得する必要がある。

相手に迎合するのではなく、
情報や技術を置いて力を入れるのでもなく、
最初の段階では
人間心理を知り、そこにうまくつながることを知る。

何をすればどうなるのか。
どのようにすれば人間的にうまくいきやすいのか。
何をどうしてもダメなのか。
人間は何を求めどうしたいのか。
がしかし、どうにもならないのか。

ということを知らなければ
どのような専門技術も上手く生かされない。

人間心理を知る、というのもひとつの専門になる。
専門家はその専門にも精通する必要がある。

が、心理学ができる学術的専門で接されて
それが嬉しい人などいるはずがない。
ただ、
人間心理を知らずに情報と技術を
上手く働かすことはできない。

人間心理に精通することができたら
人間のあり方
人のあり方について
一定の、
自分なりの答えを持っておく必要がある。

正しい答えはない。
偏った答えしかない。
間違った答えも無数にある。
が、
「何も答えがない」というのが最悪である。

人のあり方に何か回答を持ち、
それに対して心理を読みながら
情報と技術を駆使する。

それもこれも
専門職の成果をうまく導くためである。
だから、
成果が上手く導かれないなら
人間のあり方、人のあり方に対して
より成果を導く方向に変更する。

この変更は、改善やスキルではなく
専門家の責任と義務である。

人のあり方は、一概に簡単な答えを出せない。
だけども、
精通している専門家であるが故の
一定の答えは出せる。

人のあり方を追求し、
一定のよりベターな答えを見つけ出すことが
なぜ専門家の責任で義務なのかというと、

専門職を創り出している
情報と技術が
その人間性の向上のために編み出されたものだからである。

人がうまくやっていこうと思わなければ
情報を編纂する必要はない。
技術を生み出し向上させる必要もない。

うまくやっていくはずのものが

いつの間にか凶器に変わったり、
うまくいかない人が多くなったり、
古くなったり、
効果的な成果を導き出せないとしたら
その情報と技術は意味を成さない。

人間のあり方に好影響を与えない
情報や技術は駆逐されていく。
もはや
誤った情報・技術になっているものを
わざわざ採用しようとする人はいない。

情報と技術による成果をただ生み出し、
その情報と技術から新しい前提と概念を生み出すだけなら
それは
専門技術の垂れ流しと呼んでいいと思う。

そもそも
何のために成果を生み、前提と概念を更新するのか?

それが人間と人間性・・・人のあり方の向上であって
どんな場合でも
そこに貢献しない情報・技術は
専門職に必要ない。

ところが、
人間は何か?向上が何か?というのは
にわかに答えの出ない永遠の課題で
だから千差万別の基準ができ得る。

ひとつ前のコラムに書いたように
その基準の中でベストなものが生き残るわけではない。

むしろいいものほど認識されずに死ぬ。

だからといって、
人間のあり方、人の向上よりも
プロモーションの成功、
売上の向上、
わかりやすい説明の追求、
多数に受ける技術への特化、
だけに力を入れていくのであるなら
それは専門家ではなくプロモーターに成り下がる。

専門家の信頼
認められるか認められないかにはない。

情報と技術によって
人間と人の向上にどのように貢献できるか、
にチャレンジし続けることにある。

人間を知り、情報と技術を駆使してトライする。
し続ける。

人の向上に対して誤りが見つかれば
これまでの自分を簡単に翻し
より向上につながるように情報と技術を再編する。

それが専門家であるが、
その前にひとりの人間である自分が
人としての向上に向き合う方法である。

だから専門家として信頼される。

専門家はその専門分野の経験が長いほど
自分の間違いを認めなくなる。

長いイコール正しい、ワケがない。

あくなき人間へのトライをし続けるのが
一流以上の専門家の条件である。
そのために真の専門家は、
自分の専門すら捨てるべきときは捨てる。

それが専門家としての人のあり方である。

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