自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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人体実験をする。または足を運ぶ


ただ単純に人より多くの本を読んで分類体系化して、真実を追求するだけではなく・・・この人 は、

自分を実験台にして「実際のところどうなるのか」ということを試したりするわけです。

専門家魂に尽きる。

僕も身体のメンテナンスなどなどになると、

ひととおり基礎知識を身につけてから、自分の体を使って実験することはよくあります。ありました。

実験たるや盲目的にただひたすら正確に行う

で、どうなるか結果を観る

言われたことを守っていれば一定の良好な成果が出るとは全然思っていなくて、

こんなところでも個別化なんだけども、

結果なんて人によって違うんだから、自分に合っているベストを探す。

探し出すまでが実験です。家に帰るまでが遠足です。

僕は最近のロンの治療にあたっての先生さがしもそうだけども、

身体のメンテに関しては自分が本気で信頼できる人に巡り合うまで何度も何度もトライしまくる

というか、美容師だってそうやったな・・・・。

この記事 を読んで思ったのだけども、そういえば僕も過去・・・

楠正成 の千早赤阪城を見に行ったり・・・・何だただの山かよ、と思った

鎌倉に旅行に行ったときは護良親王 の墓を見に行ったり・・・・なんてことないなこりゃ、と思った

ヴェネツィア に行ったときはジェノヴァとの戦いで海上封鎖したところまでバスで出かけ・・・・感慨深かったなぁ

なんつーことをよくやっていた。

なんせ奈良出身なもので歴史は身近。

つまりは足を向ける、ということを書いているわけです。

できるまでやる、というかできるからやり続ける。

過去秘書面接でカナダまで行ったことがあるけども、

足を向けるというのは誰にでもできることなんだよね。

自分を実験台にすることも、足を向けるということも誰にでもできる。

が、ほとんど誰もやらない。

体感を伴う、自分で自分のデータを取れるとっても良い方法なわけです。

で、つまるところ、これをやる人とやらない人では差が出る・・・・のはなぜか?

地道な積み重ねがうんたら~とか、継続は力がどうとかそういう話じゃないんだよ。

つまり、

自分を実験台にして何度も繰り返さなければ分からないとか、

足を向けて向けて向けなければ明らかにならないというのは、

これもう完全に強みではない、ということです。

が、弱みでもない。

弱みなら、何度も繰り返してやる・・・ということ自体ができない。構造的に。

強みと弱みの間には、反復によって熟練することが無数にあります。

いわゆる能力というやつ。

当然能力の中にも得手、不得手がある。

苦手なことを一生懸命やっても、努力の割にはちょっとね・・・みたいな結果になる

能力の中で伸び勝手が良いもの・・・・可能性に満ち溢れているものを才能というのだけども、

才能が発揮できる分野・ジャンルの一番のヒントになるのが

自分を実験台にすること足を向けることができるということなわけです。

自分を実験台にすることができる・・・というのは、受け身的お試し方法。

足を向けることができる・・・・というのは、能動的お試し方法。

つまりお試し方法

しつこくいつまでも継続してお試しできるということは、

(試さなくてはならないという意味で強みではないのだけども)

人にも増して自分の力が必ず発揮されるという結果が証明されているということです。

つまり才能があるということ。

他の人はそこまで粘り強く、継続してその物事を行うことができない。才能がない。

が、自分はその物事ならマニア的執念深さを発揮していつまでもやり続けることができる。才能がある。

自分が何に対してお試し方法を根気強くやれるか?を探っていけば

自分の才能のありかが分かるようになってきます。

才能(能力)は強みと掛け算、ワンセットで使うとものすごい力を発揮する。

場合によっては、強みなくして才能だけで大きな成果を出すこともあります。

才能を探るということも、資質を開拓するという意味でとっても大切なことなのです。

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