自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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価値基準の探り方


自分を自分にしているもの、を資質と呼んでいる。

資質は7つ(価値基準、強み、才能、優しさ資質、コミュニケーションスタイル、センス、素質)からできていて、

その中でも最も中心にあるのが価値基準である。

価値基準は・・・難しい。

今のところ、ちゃんと体系化がまだできていない。

ので、メモ書き兼ねて。

三峯で価値基準の話になり、やはりうまく答えきれないのだけども、

質問をもらったことによって、繋がって来たことも出て来た。

そういえば、と思い出す。昨日今日と思い出したことは2つある。

子供のころ、自分が女に生まれていたとしたらどんな人になっていたか?と

考え、感じ、具体的になりきってみたことがある。

といっても女装したりスカート履いたりとか言うのではなく、

脳内シミュレーション。

自分がオトコとして好きなオンナのタイプをイメージするのではなく、

自分自身が完全に女だったら、何を着て、何が好きで、どのような生き方をして・・・

ということのイメージを散々固める。

そういえば、実際に女性的な座り方を試してみて、どんな気持ちになるのか感じてみたこともあったっけ。

よく覚えていないけども、他にも散々試した。

何しろ一度ハマったらとことん検証するので。。

そんなことをやっていると、必然的に性別による自分らしさと、

性別がどちらであろうが自分はそうであるという自分らしさが分かれる。

これが価値基準発掘のひとつの方法になる。

もうひとつ思い出したことは、都会が嫌いだったということ。

昔、奈良に住んでいた。都会といえば大阪で、買い物とかちょっと背伸びした遊び場所が大阪だった。

子供のころから、母方の親戚が桜宮にいて、ごくごくたまに・・・1年に1度くらい行っていた。

(そんな記憶も全然今日まで思い出さなかった)

そういえば、高速道路と高層マンションの大阪になじむことができず、

居心地の悪さと、無機質さに心が死んでしまうような気がしていた。

その後18になってオーストラリアに行き、でもエネルギーが有り余っていたので旅行をした。

シドニーとメルボルンが怖くて、都会に行きたくなくてしょうがなかった。

さらにその後、父親の関係でバンコクに住むことになった。

今はよく知らないけども、当時のバンコクはニューズウィークに

「平均時速4キロの渋滞」と紹介されるような灼熱&排気ガスの都市で、

毎日肩こりと偏頭痛を抱えて生きていた。

苦しすぎたので、なんとか慣れる、順応する妥協点を一生懸命探したのだと思う。

思えば、ここも場が全然合ってなかったな。(牧場と並んでね)

体が、どうしてもそう反応してしまう。

東京でも場所によっては敏感に感じ取ってしまうんだよ。その点お台場はマシなのかも。

こういうのも価値基準。

誰に教えられたのでもなく、何かに影響を受けて習得したのでもない。

最初からありのままそうあるという姿

価値基準はブロックと混同することがよくあるので、はっきり言って探しにくい。

「価値基準だ!」と思った瞬間に、ブロックによって左右されている可能性をいちいち検証する必要がある。

ブロック検証はさておいたとして、

価値基準探りに有効な考え方は、

どこの国、親に生まれても、必ずそうであるという自分

兄弟がいようがいまいが、双子だろうが一人っ子だろうが、そうであるという自分

「人生の転機で選択する基準」の中で、日常でも基準として採用しているもの

子供のころよくやっていた遊び

子供のころからなぜだか知らないけど、心から追い求めていたもの

ここまでが、今まで明らかになっていた基準。

ここからが、昨日今日の話。

知覚があろうがなかろうが、そうであるという自分

オトコであろうが、オンナであろうがそうであるという自分

戦国時代に生まれていようが、今に生まれていようがそうであるという自分

若くても、年を取っても、必ずそうであるという自分

直感や感受性などの感性の奥に、確信知覚というゼッタイがある。

知覚していることを分かることが

既にわかっている。

もっと本質を見いだせるのが直観。これも知覚できている。

知覚外の知覚。これも直観で判断できるようになれる。

確信知覚というのは、知覚があってもなくても確信がある。とにかく、

そのものごとはそうなんだ。わかってないけど、イメージがなければ説明もないけども、

なんでそんなことになっているのかすらよくわからないけども、

とにかく何も知らない、しかし確信だけはある(ことがわかる)という物事。

感覚的には「わかる」ではなく「知っている」

確信知覚自体、直感直観と混同しやすくわかりにくい。

が、今のところ、この確信知覚の在処を探ることができれば、

価値基準として何があるか?ということが明らかになりそうなんだよな。

超めんどくさい・・・と思うと同時に、

全ての活動を止めて研究にだけ没頭してみたい。

価値基準。来年は熱くなる予感。。。

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