自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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信じ「たい」ものから目覚めようか


効果があった、成果が上がった、と
気分で信じたいゆえに
全然ダメダメなものを良しとしている風潮は、ある。

というか、ありまくる。

例えばスピだと分かりやすいけど
「当たった!」
「その通り!なんで分かるの!!」

的な当たってる部分抽出とか
バンドワゴン効果とか
プラシーボ効果とか

実際に正確に読んで当たっている場合でも

せやから何やねん!ということはものすごく多い。

状態や未来を言い当てる占いとかスピとかはその代表。
そういう物事の前提がくだらないと知っておかなければならない。

状態も未来も、
誰に何も言われなくても
そうなる
んなら言われなくていい、
言われなくても同じ、変わらないということだよ?分かってる?

そしてこれはいつも起こることだけど

その状態や未来は
自分の扱い方次第で簡単に変わる。
そうならなくなる。

言われなくてもそうなり、
言われて抵抗したらそうならないなら
「当たってるぅ」とか全く無意味。

つまり無意味。
無意味をありがたがったり、騒ぐのはタダの気分。

それから。
物事、状態を正確に知って、先々自分を生かしたいなら
シャーロックホームズ的に自分を鍛えた方がいいよ?

物事を注意深く見る目をつける。
信じられるものを自分で確証して増やす。
見たくないものを見る。
何がそうで何がそうでないかを知ろうとする。

本当に見えるウソとか
本当を扱っているので確かにそうだ!というウソとか
本物であり支持を受けているから全然ダメ、なケースとか
ひとつひとつ丁寧に知ったらどうかね?

気分は信頼に値しない。
事実は信頼に値する。
ただし、
事実確認できたものだけが信頼できるわけではない。

事実確認の方が信頼よりも小さい。

だからスピでも占いでも信じればいいんだが
それも「自分にとって」どのくらいの相性があり
どの程度まで採用していいのか知らなければいけない。

てかオレ書いてるのって当たり前じゃないか?

人間関係があるから信じるってのも違う。
本質じゃないから信じないっていうのも違う。

何が自分にとって信じられるか?を知っている自分を
はじめて信じるべき者として信じることができる。
そういうのはひとつひとつ
その物事は本当はどうだろう?と
観察でも直感でもいいけど、知ろうとしている人にしか
もたらされるものではない。

ちなみに、
そういう人が信じられるものを
シャーロックホームズばりに調べたり検証したとしても
それは自分でやった自分に対する結果ではないので
全く信じるに値しない。

盲目的に信仰するにはいいだろうと思うが。

強い者にあてられて踊っている者は
その強い発言や
統計によるもっともらしいデータから
目を覚ますことだと思う。

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