自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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信じる姉と、信じる妹


こちらは2009年11月9日に掲載されたコラムです。

昔何かの小説で読んだのです。

姉は「私は彼が殺人など犯さないと信じている」と言ったのに対して、

妹は心の中で「私は彼を信じている」と思った・・・・というお話。

シチュエーションからして三角関係のドロドロが想像されますが、

今はそれは全然重要ではなく。。。

姉が信じているものは、彼が倫理やルールを犯さないという行為に対してです。

妹が信じているものは、倫理やルールを犯そうがひとりの人間に対してです。

よく、自分の子供が悪事を働いて、警察に捕まったら

「お前なんかもううちの子じゃない。勘当だ!」

みたいなTVドラマがあると思いますが、

ああいうのは全て、自分の敷いたルールを裏切らないものだけを信じるということです。

人間が基準にあるのではなく、自分の基準を守ってくれる行為(人)という

自分が基準にある「信じる」なわけです。

もし「信じている」という発言を乱発、多用する人がいたら、

それは姉の「信じる」であって、妹の「信じる」ではありません。

言葉を多用する背景には必ず特定の心理状態があります。

「信じている」「信じている」「信じている」「信じている」「信じている」「信じている」と、何度も連発するのは

信じていないと言っているようなものだし、

私の基準をお前守れよ!と間接的に押し付けているようなものです。

まぁ、必ずとは言わないけど、思い通りにはならないと思います。

押し付けが好きな人はいませんし・・・・。

また、一概には言えませんが、

姉の押し付けには相手に対する愛があまり含まれていません。

自己愛中心、優先の、それに一致するものに対する「信じる」です。

こういう信じるという行為は、

出所が不信感や、疑惑、過去の痛い経験に基づいているので

言えば言うほど、信じれば信じるほど、不整合を生み出して

望ましい結果にはならないことが多いのです。

今回は「信じる」を取りあげてみましたが、

多用する言葉の背景には必ず特定の心理状態があるという視点で自分の言葉を観察してみると

これまで見えてこなかったものが見えてくるかもしれません。

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