自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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処世術を身につけない、というのもまた怠慢なのです


【「処世術について」シリーズ】

処世術を身につけない、というのもまた怠慢なのです (この記事)
「物事の理」を理由に正当化する、というのも怠慢です


先日無事に終了した正しいマインドのあり方セミナー では

処世術マインドの危険性について滔々と話しているのだが、本日はそれを反対側から。

処世術、というのはなぜあるんでしょうねぇ?

というのはものすごい簡単だけど、平たく言うと生きやすくするため

もうちょっと説明的に言えば、社会にうまく適応していくために処世術があるわけです。

社会っていうのは、これもう、人が人とかかわって生きていく動物である以上避けられないできごとで、

人が人と集合することで生まれる文明、文化、ルールなどが自然発生的にできてくるわけです。

もーしょうがないね。できてしまうものはできてしまう。

だから、ここを否定してもはじまりません。

カンタンなところだと、掛け算はできた方がいいし、漢字は読めた方がいい。

読み書きそろばんって、昔の人はうまいこと言うね。

こういうのを強み系のセミナーでは「能力」と呼んでいて、

能力は後天的な学習と訓練、努力によって身につけるスキルのことを指します。

なんで能力を身につけるのかというと、その方が社会に適応しやすいから。自分をうまく運びやすいから。

ところが、人って

社会に適応する具体的な方法がよりうまく回り出し、周囲の人もそれを評価したり認めたりしはじめると

能力に長けていることが素晴らしいことであって、それによって成果を出すことが正しい・・・・

・・・・みたいな短絡的?かつ短気?な結論を出してしまったりする。

僕も昔3週間だけ働いた会社で言われたことがあるけども

「金儲けりゃいいんだよ。その方が彼女も幸せだろ」とか、

「うまくいけばそれでよい。その後にやりたいことを考えればいい」とか、

という短絡的かつ短気なものの見方が、まかり通ったりする社会もできたりなんかしてしまう。

能力は本来、うまく社会適応するためにあるはずなのに、

いつの間にか能力が正義になって、成果を出すことが正しいことになってしまう。

で、自分の心にウソをついて、うまくいくようにうまくいくように物事を運ぼうとしはじめる。

ココロの中では、「社会人たるものそれが責任だ」とか「愛を実行して多くの人を救うのだ」とか、

自分を正当化するいいわけワード満載の生き方に、知らずのうちになっていたりするんだな。

もともとは自分の考えや感情ではなかったものが、

正しいと信じるうちに「本当にこれがしたい」と、ウソが正当化によって固められる。

で、結果、本心のありかがどこにあるのか全然わからなくなってしまう。

が、今更そのスタンスを変えることができないので、(怖かったり、不安だったり、曲げたくなく)

処世術を推進することこそが自分の生き方だと錯覚、勘違いしてしまう

処世術マインド、というのは大体こんな感じかな。

処世術が悪者なのではなく、そういうマインドを持っていることが自分に嘘をついている

真の嘘つき人間だということだな、これ。

処世術は、自分を生かす自分らしくある、やる、というときにとっても必要です。

僕はこういうコラムを書いて何人かの人に読んでもらったり喜んでもらったりしているけども

それだってワープロを打つ技術やアメブロの操作を知っておくということを知らなければ全然適わない。

読まれるブログの作り方を駆使して、アメブロの中では知名度の高いブログを目指す・・・・

なんていうのはもうこれ完全に処世術~うまくいくことだけを目的にしているわけだけども、

なんでそんなことに力を入れるのかというと、自分らしさをフル発揮するのに

能力と処世術が強い味方になってくれるから、なわけです。

能力と処世術を駆使していれば成功するんだ!金を稼げ!そして幸せになれ!

みたいなくだらないことに興味はないし・・・金は稼ぐけど・・・

少なくともそういうマインドでは全然ない。

金を稼ぐ、というのも処世術で能力。

僕は自分を生かすのにこの処世術は積極的に見につけるべきだと思っているし、能力も必要。

ただ、マインドが「金さえ大きく得ることができればそれが正しいんだ」という処世術マインドでなければ

それでOKだと思う。

「金があれば多くの人を救うことができるぞ~」なんていう正当化ワードももちね。

そんなこと言わなくても、

自分を生かすために必要な要素のひとつは金。それ、得る。以上・・・程度のこと。

方法論はああする、こうするというのはあると思う。

なんだけど、その処世術や能力は何のために採用されるのかというのが大切なところなわけです。

だから、自分を生かすマインドで何かを進めようとしている人は、

処世術の中で自分を生かすものを積極的に習得する必要がある

それをしないのは自分に対する怠慢だ、ということです。

同じことは理マインドにも当てはまるのだけども・・・・これまた次回。

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