自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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大切なものを大切にすることは大切ではない・・・?


本当に大切なものは何ですか?の質問に答えるのはかーなり難しいのだけども、

誰しも本当に大切なもの、は必ず持っているしあります。

人としてかもしれないし、自分個人として、かもしれない。

ただ、それとこれを間違うことがよくある。

それ、というのは本当に大切なもの

これ、というのは本当に大切なもの・・・だと思っているもの

大切なもの、というのがよく価値観という言葉で置き換えられることがあるのだけども、

その肝心の価値観のほとんどが思い込みだったりするわけです。

自分の経験や実績や、これまで大切にし続けてきたものや、やってきて価値を生み出してきたこと。

そういうのって後付けの理由で価値あるものになった物事であって、

素の自分の、心の奥底から本気でわいてくるもの・・・とはまた違うのだな。

本当に大切だと思いこんでいるものは、なので実は本当に大切じゃなかったりするわけです。

そこに社会的理由を持ってきて、だから大切だとか、

誰もが心に響かざるを得ない理由・・・たとえば愛とか・・・を持ってきてだから大切だとか、

そういう大切化されたものを後生大事に抱えているわけです。

そういうのは本性から湧き上がってくるもんじゃないんだよ。

人として自分として何が何でもこれは大切なのだと心が叫んでいること。

・・・・って、おそらく子供を生んだ母親(全部じゃないよ)の方がわかりやすいかな。

自分の子供が危機にあれば、なりふり構わず盲進する・・・・なんていうやつ。

もちろんこんなに派手なものばかりじゃないと思うけども、

自分の中には必ず自分が本気で大切にするものがあるわけです。

で、その探り方・・・・は置いといて、その大切なもの、

を大切にすることは大切ではない、ということを書いてみようと思うのだな。

自分の中にある本当の本当に大切なもの。を、大切にすることが大切ではない?

ご乱心?

こういうことです。

自分の中にある本当に大切なもの、はひとつではない

たぶんふたつでも、みっつでもない。もっとべらぼうに多い。

そしてところや場面によっては、大切なものと大切なものがバッティングすることがある。

どちらかを選ばないと、という場合もあるだろうし、

順番を付けないと、という場合も実際にある。

大切なものを大切にするときに困るのは、大切だからという理由では選べないというところにあって、

そういうときに選ぶのには、正しい妥協を使うしかない、ということです。

自分にとって本当にこうあるのが自然・・・・またはベスト・・・・という状態を可能にするもの。

つまりは、自分自身の本当に最大の価値観みたいなものが、

手に入るのであれば何でも妥協する

手に入らないのであれば妥協しない。

コレが正しい妥協の考え方です。

妥協というとネガティブイメージがあるかもしれないけども、それは思い込みで

妥協というのはメリットと別のメリットの選択のことを指します。つまりは選択です。

ショートケーキと大福どちらかひとつしか食べられない、というようなのが本当の意味での妥協です。

正しい妥協は、その選択をする基準が

自分の本質に最も近い、最も大切で、もっとも自分らしくあれる姿に基づいて選ぶということにあります。

だから、本気で大切なものと、別の本気で大切なものが図らずもバッティングしたとき、

(もちろん両方両立させる努力はするにしても)

正しい妥協によって、選択をするということです。

大切なものの一方を、大切にすることは、ひとまずは大切ではない・・・・というのはこういうことです。

大切なものが何か?はもちろん変わることがあります。

だから時間がたてばたつほど、人は選択するものが変わったりします。

流されて変わることもあるし、思い込みで変わることもある。

でもそうじゃなくて、

自分の本来の自分の有り様から大切なものが変化して、

その変化を受け入れて、

次々とその時々の自分にとってベストな選択を繰り返すこと。

コレが結局は、自分自身の存在している価値を生み出すということではないかと思うのです。

(存在しているだけで価値がある・・・・ってなんか都合よくね?と思うんだよな)

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