自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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子供と「対等な関係」であるか「上下関係」であるか???


こちらのブログ記事受けて。
☆4人母の子育て方針・論

※ここから書くコラムは、清水リサさんの記事がそれを意図して書いていると言っているわけではありません。あくまで個人的に引用させてもらいました。

上下というと昭和のニオイがする。

対等な関係、相手をひとりの人として見る目線で
本当の意味で子供に接することができる人は
なかなか少ない。

それは前に書いた、
上手くいこうが、ダメに行こうが
自分を子供に適用するダメさを書いたけども
その子育て、正しいから間違ってます。強みにも関係するおハナシ

同じように
自分が対等と思う目線、
できる範囲での対等な目線、
で試みている人はいても
事実対等に子供に接している人は限りなく少ない。

そしてたとえそれができているとしても
対等に付き合えばいいとは言えない。

上下のない社会はあり得ないので、
親子であっても上下関係が必要なことはやはりある。

社会的に通用する礼儀は誰が教えるのか?
公共の場で好き放題してはいけないルールは誰が教えるのか?

感情の未熟な子供に対して誰が感情と向き合うのか?
家の中や外で働いている人(母、父)に対して
ただ生かされている人が本当に対等になりえるのか?

親として、人生の先輩としてやるべきこと
成すべきことが必ずある。
それができている家とできていない家がある。

筋道が通らない大人に育てられた子供が
まっすぐグレずに育つとは考えにくい。
子供の顔色をうかがって下になるのは問題外だ。

場合によって厳しくしつけ、方向を強制的に指し示すのが
社会で通用するように子供を育てる親としての義務がある。

そして、それを適切にやるから子供はダメになる。

これも両立すればいいと、ここでまだまとめられない。
だが、親の主観によってやっていると
前と同じ答えを出すのも芸がない。

「愛があるかないかだ」みたいなクソくだらない抽象論は言わない。
「背中を見せていればいい」とテキトーなことも言わない。

対等も筋道も、
まだまだ正しく書ききれていないところがあるが
それは読者の脳みその創造力に任せるとして

どちらもできているのは子育てとして
相当重要で素晴らしいことだと思うし
上のブログ記事では「対等」のことを書いているようで
背景にどちらも満たしている様子が伝わってくる。

だがそれよりも重要なことが書いてある。
いや、本人はそのつもりは全くないと思うしそんなつもりもないだろうけど。

対等な関係も筋道の関係も、
どちらも子供に対する向き合い方について書いている。

が。

同時に、この記事からは(勝手に)
向き合わないことについても伺える。

たくさんの感情を子供に感じてもらうこと
「どうしたらいいと思う?」と聞くことは
そうやって向き合うとも言えるけども
相手が決めるという意味ではある種の無責任がある。
「私は関係ない」「アナタが決める」の背景がある。

言い方を換えれば「尊重」になる。

これはオレのセミナーとかコンサルに近い。

そして向き合っていることの全てが
どのような意図や考えがあるにしても
向き合わなくて済むような方向に向いている。

たとえば

「自分で」
取り組む・考える癖をつけさせたくてね。

これがそうなる。

そしてこの記事からは伺い知ることができないけども
常識的に考えてはっきりと言えるのは
子供が4人もいると、ひとりに構っていられる時間は短くなる。

子供が1人の方が母親がノイローゼになる確率が高い。

子供が4人もいるとそんなことを言っているヒマはない。
(これは他の家族にも確認済み)

ところが、構う時間が短いからといって
子供が将来ヤクザものになるとか、
身を落として落ちぶれる・・・・なんてことは全く言えない。

向き合う分量が多ければ多いほど、素晴らしく良くなるとは言えない。

どう向き合うか?ばかりが子育てでテーマになっている。
独自性を生かすべきだとか
社会性を生かすべきだとか
対等に付き合うべきだとか
筋道を通すべきだとか

はっきりと言いますが、その結果どういう大人になったか?
という検証した人いる?

大体世間で言われているのは
こんなふうに親がやると子供が病むとか
ネガティブな情報ばかり。
だが、それも
同じような親の統計を取ったとき
子供が曲がる率って50%以上もあるのかね?

考えたことある?

向き合うべきときに向き合う。これは当然だ。
向き合うべきときではないときがある。それを知らない人が多く
自分の頭で考えずに教科書に頼るので
いつも自分が何のミスをしたか?を思っては
「どうやって向き合っていくべきか!」ばかり問題視している。

どう向き合っていかないべきか、が
全くもって無視されている。

向き合い方の方法を考えているうちは
必要なことの半分もできていないと思った方がいい。
子育て的には
必要なことをやっていないという意味で不十分。

向き合わないべきことは何か?
自分とこの子の関係、
自分とダンナとこの子の関係でそれは何か?
そういう機会がやってきたら
どのくらい真剣に向き合わないか。

取り組むべき方向を間違わないようにするべきだと思う。

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