自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

HOME / コラムを読む

子供の才能の伸ばし方


親が子供の才能伸ばせるわけないだろ!おしまい・・・・。
と言いたい。言いたいがコラムにならないのでムリヤリ書いてみる。

大反響だった子供強みセミナーで言っていたことだけど
(下にこのセミナーのDVD情報リンク貼ります)
親が子供の強み対してできる一番のことは
「邪魔しない」こと。のみ。

強みはもともと備わっているもので
才能は磨けば異常に伸びるものだから
少し違うかもしれないけども
消極的なスタンスからはじまるのは同じ。

才能を伸ばしたいと思う親は、
純粋にこの子に備わっている力を伸ばしてあげて方がいい、
それができるならできることをやってあげたいという気持ちと

「何かがうまくできなければならない」という
親のブロックやエゴの場合がある。

上がポジティブ、下がネガティブなんだけども
どちらにも共通しているのは
親が注目しているのはうまくできることだ、という前提がある。

才能とは上手くできることなのだから。

で、親がそれを伸ばしてあげたいと思うときに
真っ先にやることは、
あなたは何も伸ばさなくても素晴らしく価値のある凄い人間だ
と子供を決めつけ、信頼し、見守り、尊厳を尊重すること。

だけ。

何を具体的にどう伸ばせばいいの?そっちを教えてよ!
という焦りや不安を含んだ親に
子供の才能を伸ばせるわけなし。
あんたの背景には、うちの子供はこのままではヤバいから!
という不信と疑惑があり
そういう目で子供を見ている。

そんな親の元で才能など伸ばせるかね?

才能など伸ばさなくても素晴らしいと
相手をひとりの人間として見れるかどうか。

次に。
才能は強みと違って訓練する必要があるので
例えば習い事をやりたいと言えばなるべくやらせてあげる方がいい。

ところが。

親は才能というものを自分の基準に当てはめて
社会で認められているものを伸ばすものだと思っている。
視野が狭い。
例えば読み書きが上手くできるなら伸ばしたい!とか思っている。

そういうのはいらない。

子供をありのまま見て、
もっとも伸ばせるところを伸ばす。
上手いところを伸ばす。

だからもし男の子がこの小さな年にして
女の子や女の先生をたぶらかしているのなら
その道を伸ばしてよいと決める。
(伸ばさなくてもいい)

子供の才能にあんたの常識観を持ち込まない。

伸びた才能は適切に認めなくてはならない。

才能を使って親子コミュニケーションするわけではないでしょ?
「才能」なので一生懸命頑張っている姿を褒めても意味がない。

才能は人よりもはるかに上手くでき、
そして成果が取れるものが才能だから
成果に注目して褒め、次の成果が何か?を知らなければならない。
年齢が高くなればこちらはその道の素人なので
何が成果かよくわからなくなるが
それでも
子供が成果とする者が適切か、手に入れるために何ができるか
なぜ手に入れるのか?ということにコミットしなければならない。

成果以外に注目すると才能は伸びない。

親が才能にコミットできないなら
最初からうまいコミュニケーションや頑張りに注目して
「私にはあなた才能に関わる力がない」と認めることだ。

成果に上手く注目することができるようになると
子供の立場からして

成果を出せない自分はダメだ、
成果さえ出せれば素晴らしい、
成果を出せないヤツはクズだ、
成果を出さなければ愛されない、
成果を出しても愛されない、

というメンタルの不安を抱えることが出てくる。
それが最初からでないための
「あなたは何も伸ばさなくても素晴らしく価値のある凄い人間だ」
なんだが、
それでも出てくることがある。

親が才能に注目するのであれば
同じぐらい強く、存在肯定と関係性に注目する必要がある。
両親で分業してもいい。

そして才能に注目できない
才能には注目できるがその他に力を注げないのなら
最初から才能に注目しない。

子供が自分の力で、責任をもって才能を伸ばすことには注目する。
邪魔をしない。
わかろうともしない。
好きに自由に刺せる。
挫折しても3日坊主でも気にしない。

伸びるものは伸び、伸びないものは伸びない。
うまくいくものはうまくいき、
挫折するものは挫折する、
それが人生だ。
ただし、

才能には協力できないが
その他の必要なときにはいつでも頼ってくれたら全力でできることをやる!
というスタンを持っておく。

ま、こっちの方が簡単にできることなんだけども。
親にできることはそのぐらいしかない、と心得ておくことだと思う。

そして。
子供の才能に注目しているヒマがあるなら
自分の才能を死ぬまで磨き、伸ばすことに注目することだ。

でなければ、子供は
自分の親が才能に諦めていることに失望、軽蔑するし
やり続ける姿を見て、自分は大丈夫と思えるのだから。

自分が子供にできることとできないことを混同しないことだ。

トップに戻るボタン