自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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差し伸べられた手に気がつく。取る。


ここのところはハッキリとしておきたいのだと思うのだけど、自分のことは自分が一番わかっている

他人が自分のことわかるわけないでしょ、ということなのでして

自分のことを知らないつもりになっているのは、

  知り方の正しい技術を知らない

  知りたくない、見たくない、むしろ知らないことにしているとなんか良いとしている

  

の、どちらかに当てはまる。

無意識だろうがなんだろうが、細かいものは全部この2つに分類される。

あとはこんなのもある。

  知っていると思っている自分が錯覚&勘違い

  知っていると思っている自分を信じたい

こっちは知覚が間違っているケース。

「自分はこんな人間です」と誤った判断をしてしまった場合。

そんなこんなはいろいろあれど、ともかくも自分のことは自分が一番知っている。

で、つまり、誰かが何かの手を差し伸べるということは

不足しているあんたという人間に、しょうがないから手を貸してやるよ・・・・ではなく、

そんなあんたが好き→でもって自分はこんなことができるから力を貸したいんだな・・・・ということです。

これが自分のことを知らないと思っている人、つまり

自分のことを必要以上に過小評価している人は、決まって差し伸べられた手に気がつかない。取れない。

のはなぜかというと、

自分のような未熟者に声をかけるということは、コイツなら支配下に置きやすいと思っているかもしれないし、だいいち、あんたが優れたところを見せ付けられるとショックを受けてしまうではないか!

とゆうか、騙そうとしているのではないのか?メリットはなんだ?

自分は自分の自助努力で自信を持って進んで行きたいのであって、誰かに依存することはまっぴらごめんなのである。とゆうか、コチラに声をかけるということはそれあんた依存じゃないの?そんな人には何かをやってもらうわけにも一緒にやるわけにも行かないのだ、甘く見てもらっては困るのだよ。

自分で自立してやることの大切さは云々かんぬんで、そのために必要なのは努力である。行動する人間は必ず報われる。継続は力なのだ。

そうやって自分で自分の道を切り拓くのであって、騙されるかもしれない他人、自分の思い通りにはならない可能性のある物事にほいほい自分がついていくと思ったら大間違いだぞ!

なんていうハードな内容かどうかは別として、

大方こういう言い訳が人の手を取らないことにつながっている・・・ことはよくある。

もちろん手を差し出すほうに問題があることもある。

手を差し伸べている自分が優位に立っている感じがして好きだとか、

人に役立つ自分でありたいという願望を満たしたいとか。

口癖は人の喜びは自分の喜び、みたいな。

そういう場合はもちろん差し出す手を取らない。んだが、

その手を取ってしまって、散々な目に遭ったことがある人も人の手を取らなくなってしまう

ビジネスの世界でも、スピリチュアルの世界でも、健康の世界でもよくある。

それから、

手を差し伸べてほしい人で「差し伸べて差し伸べて」と求めすぎる人は誰も手を出さなくなる。

自立しすぎて人の手を取れなくなることもあるが、依存しすぎて誰も手を出さなくなることもある。

何が言いたいのかというと、差し出された手を取るのは困難です、ということ。

それでもやはり、うまく行っている人というのは決まって手を差し伸べる人がいる。

この、手を差し伸べる人なんだけども、

大事なのは強力な協力者ではなく、ちょっとした参加者であることが多い。

「できることはできるし、できないことはできないのですがやりましょうか?」的、ある種のお気楽さを含む。

それを見て「責任感がない」「一生懸命やらないつもりだ」「望んでいることと違う」なんて断罪するのはカンタンで、

だからそういう人って上手く行かない・・・・正確に言い直すと

自力で上手く行くところまでしか上手く行かない

自力、というのは誰にとってもしょぼいもので(もちろん僕も)

信じて頼りにするべきは多くの力なんだな。

企業を見ても団体を見ても明らかでしょ。

大きくなることを恐れている人。つまりは、自分の思い通りにならないことを恐れている人は

かくかくしかじかの理由で差し伸べられた手を取れなくなってしまう。

実にもったいないことである。

たとえ正統な理由があろうとも、心理的な抵抗があろうとも、

手にはまず敏感に気がつく。そして一度取る。その上でいらないのならお断りすればいい。

ちょっとした参加なら自由にやってもらえばよく、管理や支配する必要もない。

上手く行けば共に喜べばいいし、上手く行かなくても損失はない。

損失はないのならごちゃごちゃ言わずにやってもらえばいい。

明らかなのは、手を取る人と手を取らない人では上手く行き勝手が全く違うということ。

これは仲間を作るとかそういうことではなく、利害関係というようなことでもなく

どちらかといえば縁があれば大切に、という考え方に近い。

縁を結ぶ人と縁を結ばない人では上手く行き勝手が違う、ということになるのだということなんだなぁ。

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