自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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得意な感情、苦手な感情


感情についてはとかく情報が少ない。
正確に言うと、画一的な情報しかない。

一般的には感情を心理学的に研究した結果と
スピリチュアル的に、または感覚的に
対応するべきネガティブを含むもの・・・
的な見方が先行している。
ビジネス的、自己啓発的には
感情はコントロールするものと言われ、
ブロック的には、選ぶものともされる。

いや、結構研究されてるか。

感情が小脳に近い部分で働いている
脳機能としてみられることはほとんどなく、
五感と同じ感覚器官とも言える。

もともと
生物が単細胞生物だった頃の
受容器官・・・外の世界から栄養を自分に取り込むために
栄養か毒かを判別するために備わっていたレセプターが

複雑な生命になるにしたがって
外界の判断をより複雑、緻密に行うために
発達したものが、順番に
感情、嗅覚、味覚、触覚、聴覚、視覚になる。

これは単細胞生物がひとつの細胞の中で
全ての器官を包括していたのが
心筋細胞、肝細胞、皮膚の細胞など
役割によって分化したのと同じようなことである。

で、ということは
感情は感覚器官・・・つまりセンサーで
外の世界の栄養と毒を判断し
入れていいか、はじかなければならないかを判別する。

ネガティブな感情の方が目につき、
いつまでも覚えていやすいのは
生物が生命を維持する基本として
毒を体内に入れてはいけないことが優先されるから。

栄養はしばらく採らなくても死なないが
毒は即死の可能性もあるし、徐々に死ぬ可能性も高める。
だから
全ての感覚器官は
ポジティブなものよりもネガティブなものに
より反応するようにできている。

なので、
ネガティブな感情を、不快だという理由で排除しようとか
ポジティブに転換しようとか、
ネガに流されないようにコントロールしようとか
気分で選び直しをすればその感情も大丈夫とか、

テキトーなことが広がっていたりするけど
キケンですから。

そもそもセンサーが毒だと認識しているもの、
体に心に入れてはいけないと判別しているものを
排除、転換、コントロール、選択によって
OKにはなりませんからね?
当たり前だろ?

ネガティブな感情を避ける最大の理由は痛みを伴うから。
痛みを避け、痛みはいけないものだ・・・・
という感覚に間違いがある。

そもそも痛みを感じるということが
センサーが正しく機能しているということで
痛み感じなくなったら人間失格・・・生物失格。

だから、
特に体に痛みを感じたということを
内面の警告の現れだ!と断言するのは愚かで

なんでもかんでも
精神が肉体に反映されるのではなく
そもそも外界の毒に対して
体が正常に機能している結果ということの方が圧倒的に多い。

感情も同じ。
体が正常に機能している。

もちろん感情がセンサーである以上、
掃除や手入れをしなければ感度が鈍る。

毒ではないものを毒と認識し、
ちょっとの毒を死ぬ~死ぬ~と拡大する、
なんていうセンサーミスは起こる。

これが俗にいうブロックになる。
センサーの誤認なので、
ブロック解除はつまり
センサー磨きましょうか?ってことね。

磨けば、ネガティブな感情も正当に感じるようになる。

「ブロック解除してもイヤな気持ち、負の感情がなくならない!
ブロックが取れていないか、ブロックがなくなっていてもダメだ!」

みたいなのは
認識に問題があるし、前提が間違っている。

正当な負の感情を感じることができるのが
人間の機能として正常だということ。

で、正常なセンサーの働きになったときに
はじめて個性を見ることができる。
センサーにも個性がある。

当然、感情にも個性があるということになる。

感情にも得意な感情と苦手な感情がある。
(ブロックによって感じないとしているのでなければ)

個性を生かす、自分を知るということは
(その中のひとつに)
自分の得意な感情、苦手な感情は何か?と
知っておく必要がある。

特に苦手な感情は
人と比較して劣っていることが
人間として劣っていると思ってしまいがちだけども
個性としての特徴だと知っておくこと。

でなければ、自己卑下がはじまる。

情緒豊かな人と豊かでない人がいる。
痛みを感じやすい人と感じにくい人がいる。
こういうのは全て機能の違いになる。

例えばオレの場合だと

楽しみは感じにくい。嬉しさは比較的感じやすい。
楽しみはお笑いを見ているときにより好反応する。

怒りは感じやすい。悲しみも敏感に感じるが、
人の悲しみへの共感は少ない。
人の悲しみへ共感するときは、価値基準に沿っているとき。
感動は少ない。苦しみには敏感。

嫉妬や羨望はほとんどない。
上機嫌もほとんどない。
ねねと一緒にいるときやSを発揮しているときは上機嫌になる。
限定されている。

小さく自分の力では生きられず、
人間、または大人の都合で制約されている生き物(子供も)には
慈しみと優しさが無条件に生まれる。
その他の場合ではほとんど生まれない。

切なさには敏感に反応する。長けている。
寂しさは強力にあったが、
外の世界の認識を正しく持つにつれて少なくなった。

違和感には敏感に反応する。
注目しているものに限る。特に人間心理に反応する。

・・・・・という感じ。

資質の常として、
自分を生かすときは自分の得意な物を生かし
苦手なものをやらない。

感情も、それがネガティブな感情であっても
得意なら生かす。苦手ならやらない。

切なさが得意なら切なさを生かし、
楽しみが苦手なら無理に楽しまない。

ネガティブな感情を避けたり、
どうにかしようと教科書通りやっているうちは
自分自身を生かす生き方なんかできるわけがない。

ひとつひとつ、
自分の感情に注目して
自分を知り生かすことだと思う。

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