自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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思い通りにしてなんぼ。


先日銀座のレストランで話してるときに、
オレ
「はぁ?そんなもん誰のために行きとんねん。人のための自分ちゃうやろ!自己中心的に生きなどうすんねん!」
といつもの調子で
いつもと同じことを言ったら

レストランの、お茶を入れていたウエイトレスのお姉さんが
「ガーン。ワタシ人の言うことに響かないんですが、今のはガーンと来ました」
と、まさかの横槍・・・ならぬ、
あらぬ方向から矢を射かけられ、

「あぁ、はぁ、まぁ。なんかすいません
としか言えなかったやすきです。

大雑把に書きますが、
人の顔色を気にするのは

嫌われることによる存在否定を避けたい
生物としての原初的な反応


そんな自分はいかん、ダメ人間、バーカと
自分で思ってしまうブロック的な反応
があります。

だいたい混在してる。

原初的な反応の方はOKです。
生物なら人間に限らずどのような生物も
これを持ってます。
自然の反応と見て構いません。

この反応がない方が異常でやばいと思った方がいい。

ありもしないことを恐れる
のがブロック的反応です。
これはなくていいものです。
「自分の周囲から誰もいなくなる」というのは
ありもしないことです。
「自分の周囲から今まで仲良かった人が去る」
というのはあり得ることです。
なので恐れることではありません。

人が去るのは怖いじゃないか!
そんな自分をいいと言える人なんているの?
と思う人もいるかもしれないけど

それがもう勘違いです。

普通に生きていれば、人は去ります。
どんなに善行を働いていても去るし、
逆にどんなに悪行を重ねても去らない人がいます。

この配分は、概ね
かなり自己中心的に生きていても
ほぼ自分を殺して八方美人に振る舞っても変わりません。

現象としてそうなっている物事に対して
過剰に恐れるのはあり方が間違っています。

本当の意味で、だから
人生自分の思い通りにしてナンボ、です。

思い通りにならないことを憎み、
(あ、正しい憎しみの持ち方も書くかな)
思い通りになることをやる・・・のではなく、磨く。

思い通りになることだけをやっていると
思い通りにできるいつも通りのことだけをやるという
狭い、囲われた、分かりきった人生になります。

思い通りを磨き、
新しい可能性とか思い通り人生を拡大してナンボ
です。

そのために思い通りに振る舞う必要があります。

思い通りにできないのは、マインドが大きな課題で
そのほとんどが過去の経験や学習に縛られていることにあります。

思い通りにできるのは、マインドはどうあれ
自分が何を思い通りにしたいか知っており
(自覚、無自覚に関わらず)
それをどのような場面でもできるかどうか?
にかかっています。

当然思い通りに振る舞うと不都合のある場面も出る。

そういう場所からは遠ざかる努力をし、
思い通りを現実にできる場所を見つけ定住し
自分の思い通りを現実化する努力をすることです。

どのようなことにもくじけず、
たとえ自分が間違っていようとも
最後までやり切り通す
という決断と意志を持って挑むことです。
(ちなみに決断はBS、意志はTAです)

自分の思い通りになったら、
思い通りになる前とは自分が変わっています。
自分を取り巻く環境も変わっているはずです。

そこでもう一度、
自分の思い通りを考え直します。
前のままでいいのか、
変わったものに適応して変えるべきか。

この再設定が、思い通りを磨きます。
再設定の思い通りは、
これまでの経験上簡単にできる
予想できる思い通りであってはなりません。

これまでの経験にない、しかし手が届くと
明確に見える範囲の・・・見えるがやったことがない範囲の
思い通りである必要があります。

でなければ、過去に安住します。

再設定できたら、またトライする。
思い通りになるまでやる。
やり切る。

思い通りを通し続けるためには
当然
人のことも考えねばならず、
自分のことも考えねばならず、
物事を通す方法を知らなくてはならず
自分と物事のマッチングに長ける必要があります。

自分という個性のある人間の思い通り
なので
当然その方法を教えてくれる教科書はなく
だから勉強しても本を読んでも
実現する日などやってきません。

思い通りをやり切るには、
自信がなかろうが、ブロックがあろうが
やるとしたことをやることで
不整合を正し、
工夫して、
できることにたどり着くことだけをやることです。

そういう意味では
思い通りの人生というのは
結構簡単なことだったりします。

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