自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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意味があるのか、意味がないのかに、意味はない


はい。ひねくれものの理屈シリーズです。

何かを行うとき、無意味にやろうとする人はあまりいません。
何かしら目標やら、ビジョンやら、理由やら、原因などの意味を持って物事を進めたり進めなかったりします。

その意味は、頭のいい人なら散々考えつくして、感性の鋭い人なら正しいあり方をつかみ、
生きる知恵に優れている人なら、人生経験の中から優れたものを、
人生に悩んでいる人なら自分らしく生きることなどをイメージして、正しい理由をよりどころにします

自分が信じているものや、正しい行いという理由を、あり方の意味として持ち進めようとします。
そして往々にして、それがうまく行くことがあります。
が、正確にはそれもうまく行くことがある、ということです。

自分という人間の資質は、検討すればするほど人との違いという明らかな形となって表れていて、
たとえば強みなんかもそうなのだけど、自分にだけ備わった特徴的な特徴のことです。

なので、どうしても相対的な比較の中でしか特性を見つけることはできません

完全に人と同じでいいのなら、少なくとも種の保存的には、片方は要らない人間ということになります。

というわけで、そういった資質や特性をうまく生かすことが、自分の人生を生きるということでもあるのだけど、
自分の人生を生きるに当たって考えてみると、
資質や特性は生かされていればいいのであって、
生かすために何かを行う必要は必ずしもないということになります。

で、もう一度「意味」の話に戻るのだけど、
意味があることをやる・・・理由や目的やビジョンやイメージや原因や何やら・・・ということは、
意味がなくやることと、資質や特性を生かす上で何が違うのか?ということです。

結論ありきで言えば、何も違いはないということになります。

それはこう考えてみればかなり明らかなのだけど、
過去、強力な意味を持って挑んだベスト5を思い出してみる。一番最初それを行おうとしたとき。
そのときに意味としていたものが、意味通りにうまく行った確率はどのくらいか?ということです。
うまく行った確率が低いことと、
うまく行った場合にはほぼ必ず意味以上の成果が上がっているはずです。

意味は行動を行う前の動機にはなっても、行動そのものに対して自分らしくあることを保証しません。

なのでビジネスなら儲けるために行う7つの方法とか、理念を達成するためにどうのこうのとか、
精神世界なら別次元とつながるためのスキルとか、人のあり方を改革するためにどうとか、
健康ならマクロビをすれば体調が良くなるとか、なぜならそれは人間の生理機能がああだこうだとか、
そういうのは往々にして成果を上げません
成果を上げる場合は、最初の意味をはるかに超える成果を打ち出します

なぜそんなことが起こるのか?

何かを行おうとする意味は、自分らしいあり方とほとんどリンクしていないからです。

ひとつには、自分らしさが何か?自分が誰か?ということを知っている人がほとんどいないということ。
自分を知らないのに、自分を生かすことができるわけがない。
これは言い方を換えると、自分を知らないから意味を探って行動しなくてはならないということにもつながります。

なぜなら、自分を知っているのなら自分の生かし方は「ただやる」という方法になるのであって
意味づけをして意味があることをやる、ということにはならないからです。
単純に生かす方法でやるだけだ、ということ。

もうひとつあって、
意味を持ってやっても、意味を持たずにやっても、
成果の具合はあまり変わらないという摂理に近い結論があります。

つまり、自分という人間は、今の時点でその作り・・・能力とか性格とか・・・が、決まっているわけです。
その作りの範囲で、置かれた環境の範囲と適合してやることが決まる。
必然的に限定枠の中でやることが決まってくるということです。
人間が選んでできる範囲は小さいということでもあるし、
選択肢の違いによって結果が変わると思うのは、錯覚だと見ることもできます。

もちろん人には選択や決断をすることも、しないこともできるのだけど、
だからと言ってその結果はさほど左右されない、という物事もしっかりとあるということです。
(左右される物事もあって、その代表的なものが転機です)

僕もセミナーでもこのコラムでも、今日できることを精一杯やることの大切さをよく話します。
が、今日のこの内容だと、
「そんなことやってもやらなくても結果は左右されない」ということになってしまいます。
が、もちろんそれは違う。

今日できることを精一杯やるというのは、やることもやらないことも含めて自分のベストを選ぶということだし、
その結果が仮に変化しないとするなら、最も自分を生かすようにやってみようということです。

最も自分を生かす方法がよくわからないのなら、
自分を良く知るための実験・・・強み発掘とか、ブロック対応をやってみてもいいし、
仕事で疲れてそんなどころではないということなら、ぬるめのお風呂にじっくり浸かって早く寝ればいいわけです。

そういうのを全部含めて今日できることを精一杯やるということ。
そこにはさほどの意味はなくて、
つまりは意味があろうが意味がなかろうが、そんなことそのものに意味がないということです。

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