自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

HOME / コラムを読む

愛され不足


久々にラブがたりはマジメ系コラムと。

感情や経験ではなく、理論の方。

僕のお客さんや周りには女性が多い。というか、約1%を除いて女性しかいない。

たまには男と抱き合いたい(超ウソ)

で、その女性たちの中でも、付き合いの深い方々は、人間的にも能力的にもとても素晴らしい方で、

だからこそとてもとても、それはそれは、人を愛するということに長けていたりする。

愛をどのように自分のものとして使っていくか、ということに個性を掛け合わせてしっかりと出している

実際、僕もその愛たちに救われまくって来たし、

それには本当に純粋な感謝しかなく、

もちろんそれ以外の、目に見えない本当の愛もあるだろうし、

自分という人は

本当の意味で生かされているのだな、と思い、感じる。

自立などという言葉が、吹けば飛ぶ塵芥になる感じで、

愛の力は大きすぎてなんかヤヴァイ。

そして人を愛することに長けた人が、自分の個性に乗せて愛を出し、

多くの人に(たとえば僕とか)大きな恩恵や感謝や実利を生み出して、

けれども当の本人はただ自分ができることをやっただけという場合。

その人は、自分が出している愛よりも遥かに小さな愛しか受け取っていない

愛され不足

が起こっているということがある。

というかなりの人数の共通ポイントに気がついた。

その原因は、自分がさほど愛されないというところから来ていて、

愛されるために愛する・・・というのが最初の動機としてあり、

むしろ愛することに長けて行くことで至上の存在になるので、

自分で自分を「これでよかった」と習慣的に決めてしまう、らしい。

原因はブロック。マインドは習慣性から。

愛され不足を愛で解消しようとしない場合は、

自分に向き合いすぎて疲弊したり、お金を稼いだり美しくなろうとするなどの

筋違いのラインでどうにかしようとしたりする。全くのムダ。

愛することに超長けている人は、その超~と同じぐらいただ愛される必要がある

ただただ抱きしめられる、とか。

一方的に愛される。お返しなどしない。お互いさまではない愛。

それは小さな愛でも良くて、

むしろ勘違いの愛や、思い込みの愛でも良くて

不純物が混じっていようが何だろうが、

まずは100点中12点の愛でもいいから、

とにかく受け入れ、受け取る。ただ受け入れる。

頼り、甘えることを覚え

自立と自意識を捨てる。

ただし、尊厳は捨てない。

大きすぎる愛を(それは数でもいいし質でもいいのだけど)出している人は、

同じ愛を受け取るとまず決めて、差し出された手を全て取ると決めて・・・

そして

私にもっと愛をくれ、という必要がある。

言わなくてはならない。それ以外に方法はない。

大きな愛を持っている人は、それだけで取っ付きにくい

あんなに愛にあふれる人に、自分から近づいて声をかけていいものか?いやよろしくない。

が、あの人とはお近づきになりたい。けど自分ごときがお近づきになるなんて。

でもでも、好きなのでしっかりそっちを見ていよう。

そして声がかかったなら、何かお手伝いできることがあったらいいな・・・

という心理になる

いいとか悪いの問題じゃない。そういう心理。

人を愛しまくる人は、自分から「くれ」と言わなければ

一生その愛は手に入らない。

より与える愛に偏り、愛不足はいつまでも解消されない。

その結果もっと与えるようになり、バランスは一層崩れ、

それで生きて行くしかなくなり、

その結果、虹色に光り輝く心の、そのど真ん中のところだけ空洞ができたりする

その周囲をいくら虹色と金と銀で満たしても、

ないものはない、という状態は決して変わらない。

莫大な愛を与えることができる人は、個人的課題として同じ量を受け取る。

そして、周囲へ与える影響として、それをしなければ寂しさを垂れ流しているのと同じだと知る。

「くれ」と自分から言う他に、うまく行く道はない。

ただ、僕もそうだったように、

愛され不足を理由に、逆に自分から人を愛することをやって来た人を僕は好き。

健気。愛を忘れない姿勢。

事実積み重ねて来た愛のアウトプットがある。

だからこその次の課題は自分から言うことなんだけども、

自立を捨てるということは、依存するということ

愛をもらうことに依存する。依存というスキルを自分を生かすために使う

愛され不足を急速に満たして行くと、

その莫大な分量(ちょっと、ではない)満たされたからでしか見えない世界がある。

愛は水のように自在だと思うし、

いろいろな愛があることが普通だと思う。

だけども、愛され不足の人は愛を語らない方がいい。

僕もまだよくわかっていない。今日は書いたけど、愛という便利な言葉を使ってコラムは書きたくない。

ただ実践して、見えていない世界を出現させればいい。

これが愛する人の、最大の課題かなと思うのである。

トップに戻るボタン