自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

HOME / コラムを読む

愛と行動と。まぁ平たい話なんだが。。。


そんなに気合い入れた記事ではなく、だからアメンバー限定記事ではないんだけども

愛があれば全てオッケ・・・って言うのには全然賛成できないんだよなぁ。

逆に、

ラブ資産セミナーではよく「玄関の送り迎えからスタート」と言っているのだけども、

そういうスキル・・・行動の積み重ねが愛を育むというのも

結構な確率で間違いだと思うのです。

例えば婚活している人は、外見や仕草から入ると思うし、それはいいのだけども

作り込めば作り込むほど、いざ付き合ってからこんなはずじゃなかった率を高めることになる。

夫婦間でも、

例えばレスを解決するために、相手の話を良く聞き、肩をもみ、矢印を増やしたとしても

根本的に愛がなければいざを求められたときに「キモイ」とか言って否定してしまうこともある。

ラブに限らずのことなんだけども、どっちもという考え方は結構定着しにくいみたいだね。

思い込みっていう理由もあるけど、

なんで「愛さえあればそれでいい」「行動が愛を育む」の一方だけが採用されるかというと、

何かひとつを基準に依存した方が楽だから

婚活や夫婦生活もそう。

何か目の前に問題がある。男性と知り合えない。レスが長い。

そういうとき、

男性と知り合おうとしない自分のブロックに取り組もう、とか

とにかくじゃんじゃん知り合う場に出かけて行けばいいのだ、とか

私の旦那に対する接し方が間違っていたのだ、改善せねば、とか

旦那がこっちを向いて参加してこなければ結局何もかわらない、とか

どちらかひとつを採用してもムダだということです。

どっちもやらなきゃ意味がない。

例えば、どんなに深い深い愛があったとしても、

諸事情があって離ればなれに暮らしているとするよね。

んで、相手が何かしら困難な状況に立っていて苦しんでいる。

まぁつまり、自分にはどうすることもできない

そんなシチュエーションでは行動やスキルは役に立たないから

せいぜい祈るとか、頑張れーとか、愛してると電話やメールで伝えるとか

そのぐらいしかできない。

そして、それは間違いなく精神的には支えになっても、

物理的には何の役にも立たない

愛があれば派の人は、それが大事なんだよ~とか言うのを耳にしたこともあるけども、

そう、

それは大事。でも同時に役に立たない

だから愛を送っている方は苦悩するわけでしょ?

例えば、僕なんかがまさにそうだけども

街中で抱きしめたりキスしたりすることに全く抵抗ない。というか、やりたいと思ったらやる。

でも、そういう行動やスキルを、愛なくやったらどうなるだろう?

または恋愛感情だけでだーっと盛り上がってやって、やりまくって

でも根底に相手と自分の間に通じる愛がなくやりまくれば、

いずれ起こることは飽きでしょ。

行為行動は、愛を育む行動をやってきた。

そうできる人は愛情深い人かもしれない。それは大事。でも気持ち面で終わる

わかりやすく言えば、

同情で体の結びつき持っても、それだけでうまく行くのか?という話。

同情ではなく、さみしいとか、負の感情を解消したいとかも同じ。

ラブ考えるとき・・・というのはビジネス考えるときも、啓発考えるときもそうだけど、

一件相反する二律を同時に持てるということが、

うまくいくために必須の課題。

片方だけを推奨する声に流されないこと

同時に持てたとしても、お互いの形で育てて行くこと。

同時に持てるというのはただのスタートライン。

自分が愛を持ち、愛の行動をし、

相手が愛を持ち、愛の行動をする。

自分が愛し、愛されるということと

相手が愛し、愛されるということ

それぞれ4つを全てうまくマッチングさせていくことだな、と思うのだなぁ。しみじみ

トップに戻るボタン