自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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批判されたときにどうするのか?


批判を受けたとき。人はショックを受けます。それが人の心というものです。

怒ったり悲しんだり、当然するのだと思うし、それがない!というのも何か欠落しているような気がします。

まぁでも、人が言うことのほとんどはその人の知覚範囲の出来事だし、

そもそも大見得切って批判することに、精神のゆがみを感じないわけがないし、

ただ単純に「それあんたの気分のやりどころを発散しているだけでしょ」ということは限りなく多い。

まして上の紹介記事に書かれているように、

顔も見せず名前も名乗らずなんていうのはもう論外で、

聞くに値しないというよりは、目に入ってこないぐらいの態度が適切だったりします。

だからもし、そういう人の批判を目にしたら真っ先に無視するか、

ブログのコメントなどなら、事務方に任せて自動削除することをお勧めします。

ちなみにアメブロの芸能人ブログでは、

アメブロ側がコメントをチェックして自動削除するような仕組みになっています。

なぜかというと荒らされるだけで、なにひとつ・・・1コすらも益がないということが分かっているからです。

もちろん心臓や胆力が強いとか、そういうマーケットも知っておきたいという上の記事のような場合

相手方の動向や考えを知っておくというのもありだと思います。

面倒な人は完璧無視でいいと思うのだけど、調べるのも構いません。

ただ、批判の声をよく知っておくために知る場合、

必要なことは感情を乱されて自分の正しさを証明するのではない!ということを知りながらやることです。

そういうのは時間の無駄。

可能性でいえば自分が本当に間違っている確率はちゃんとあるのだから、

自分が正しいということを証明したくてアクションを起こすのは心理的にも物理的にも、何も生まれません。

まして攻撃をし返すとか、感情の発散をするために相手を調べるのはナンセンスです。

顔を出し、名前を名乗っていれば真正面から対応するのか?というとそういうことでもない。

仮に街中で、知らない人が名乗り、自分の行為を批判、否定したとして

それを僕たちは真に受けるのか?ということです。

相手をする・しない、攻撃をし返して感情を乱す・スルーして無視するしないは、

自分で選ぶことができます。

人の気持ちとして「ウザっ」と思うのは当然というか自然のことなので、

そういうときに心乱されず、まともに相手をしないためのヒントが2つあります。

ひとつは「あんたの発言は全然心に届かない」と言うこと

まぁ、実際にはそう言っていること自体が気になっている心理の表れなのだけども、

相手への表明、それから自分の心の再構築のためにとっても有効な言葉です。

もうひとつは、じっくり相手の目を見て心の中で「絶対受け入れません」と唱えることです。

どちらも少し無理な力を自分にかけているのだけども、

何度かやってみて、感触をつかみながら使える方をトライしてみるといいと思います。

対応はうまくできても、自分の乱れた心はやはり乱れたままです。

2つの方法でうまく状況をしのぐことができても、

感情はまだまだついて来ないことがある。

こういうことが起こったときは、

1人の時間を作って・・・・たとえばお風呂なんかで、怒りや悲しみの感情を味わいきってみることです。

寝る前に、そのとき自分が感じた気持ちをさんざん書ききってもいい

どちらも物理的にアウトプットすることがコツです。

ブツブツ言うとか、書きだすとか。

最終的に一番考えなくてはいけないのは、

自分は誰のために、何のために活動や行動をやっているのか?ということを

思い出す/考え直す、ということです。

批判する無理解、または主観の押しつけをする人のために何かをやっているのか、

支持・応援する人のためにできることをやることなのか、

という質問を自分にしてみると答えは最初から決まっているのです。

原点や根本を見返す良いチャンスでもあるということです。

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