自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

HOME / コラムを読む

抵抗を示すのは甘えです。相手にイヤな気持ちをさせたくないというのは傲慢です。


自分を立てて今まさにやることをやるんだというときに、

ブロックだとかトラウマだとか、

習慣がどうとか今までの自分が積み重ねてきたものが否定される気がするとか、

誰にもそんな指摘を受けたことがないと逆切れするとか、

なんだかんだ理由をつけてやらないのは

まぁとどのつまり甘えです。

抵抗というのは、心の中に別の何かを入れないと拒否することで、

それには正しい抵抗と誤った抵抗があります。

正しい抵抗というのは

自分を殺す他人の意見や新しい概念の不採用です。

これは人からなんと言われようが、

自分の尊厳を守るために必ず行うべきことです。

(尊厳だと「思う」ものを守るために行うべきではないけど)

誤った抵抗と甘えというのは、

自分を生かす本来あるべき意見や新しい概念の不採用です。

誤った抵抗をするということは、

自分で自分の尊厳を踏みにじっているということです。

相手にイヤな気持ちをさせたくないばかりに行う気遣いは傲慢です。

相手がどのように思うかは相手の自由です。

相手が決めることで、

自分が相手への気遣いを過剰にするということは

相手が相手の感情を決めるということを尊重していないということです。

その証拠に、

自分の行為行い、気遣いによって相手がイヤな思いをしなかった!と言えるということは、

もし相手が素晴らしくいい思いをしたなら

「それは私が気を回したおかげで、あなたが自分で感じようとしたのではない!」

ということになります。

相手をイヤな気持ちにさせたのが自分のせいになるなら、

相手をいい気持ちにさせたのは自分のおかげになる。

自分がさも、

相手の感情を動かしているという傲慢な態度です。

自分にとって大事なことに抵抗を示す甘えも、

人のことを気にして考えすぎる傲慢も、

どちらも目先の自分可愛さに、いろいろな理由をつけて正当化する行いです。

自分のブロックを優先したり、自分よりも人を優先することで

本来の自分を失い、生かさなくても良い・・・とする方法です。

正しい妥協というのは、

こういう場合に

本来の自分のあるべき姿を優先し、それ以外の

ブロックや処世術を行う「正しい理由」に流されないということです。

当然、感情的不整合が起こって

つい前々までのやり方でやろうとしてしまうのだけど

その習慣のままやるということは、

自分に対する裏切りである上に、

今までと全く同じ結果しか得ることができないということです。

トップに戻るボタン