自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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文章10〜自分の言葉を作り、使う


【やすき的文章講座】
 
やすき的文章講座01~魂を書け
  やすき的文章講座02~会話をそのまま書く
 
やすき的文章講座03~強く自信があることを書く
  やすき的文章講座04~強い文章を書く
 
やすき的文章講座05~長く続けていることを連載する
  やすき的文章講座06~役を変える
  やすき的文章講座07~文章力底上げ法
  やすき的文章講座08~三分割法
  やすき的文章講座09~ストーリーで書く
  やすき的文章講座10~自分の言葉を作り、使う(この記事)


いよいよシリーズ最終回です。
言語を扱うのは音声による意思疎通ですな。

それを残したい、と考えた人たちがいて
例えば古代中国では皇帝が字を開発しろ!と
命令し漢字が生まれたわけです。

紙などない時代には、木簡や竹簡に字を書いていて
古代エジプトでは羊皮紙なんつーのもあった。
高価で王族のものだったけど。

日本では 詩が発達して恋文をしたためたり、
辞世の句といって死ぬ前に詩を詠んだ。
言語は流行り、移り変わりによって
京都から発進し、年速約1キロのスピードで
日本全国に広まる。

1000キロ離れた東北の言葉は当時の京言葉で
500キロ離れた東京と福岡で
同じイントネーションの言葉が使われているのも同じ理由による。

国会図書館のような規模 の大きい図書館で
明治や大正の新聞を読むと言い回しが難しい。
中には全く読めないものもある。
少しは、または全体的には読み取れる。

文字は伝えるためにある。
伝わるためにあるのではない。

伝えるために伝わることを意識している。
だから読まれる文 章講座や
ブログやフェイスブックの文章は
伝わることに特化している時点でもうアウトだ。

伝わらない文字は、文章は意味がない。
だが。しかし。
それが文字である以上、魂を込めて書いたものである以上
伝わらないなどということが本当にあるんだろうか?

なぜ魂を込めただけでアクセスが増えるのか。
なぜポジティブな言葉の上の水の結晶はキレイにまとまり
ネガティブな言葉の上の結晶は形が崩れ汚くなるのか。

例えば先日BoConseptで買ったこの文字の絵画。
文字は読まないでほしいんだが。

{54A45B55-2A11-4A58-AC9D-42AA7CFE620A:01}

オレは英語大嫌いで読めんのだがね。
最初にやったビジネスは英会話ビジネスだがね。。。

いい印象がした?悪い印象がした?
ざっくり上と下を分けるとして
上の方が下よりいい感じだった?
下の方が上よりいい感じだった?

まず感じ取ってみて。

この絵画は店で見た時、おされなその他の家具と共にあり即決で買うことにした。
そして、
家に配達されて飾ってみるとどうもいい感じがしない。
で、読んでみた。
もっかい言うが、英語は得意ではない。なんとなく読みである。

最終的に孤独に返るストーリーではないかね?

話の主旨がちょっとだけズレるけど、孤独に対する恐怖と不安は
生命と無機物に共通している唯一の根源的恐怖なんだわ。
それがいい感じしなかったのかな?と勝手に思っている。

理由はまぁいい。これがアラビア語でもいい。
何か伝わるだろ?ってこと。

それが書くってことなんだよ。

自分の言葉で書けってよく言われる。が
自分で自分の言葉を作って書けってこと。
小学校の頃新しい漢字とか作って遊ばなかった?オレだけ?

文章も言い回しも、単語も漢字も、全部自分で作ればいい。
幸い基準はある。マニュアルとかルールがある。
だから破るといい。だから自分の何かが書くことを通じて出る。

オレは小説も実用書も腐るほど読みまくってきたけど
書き手によってみんな違う。
表現もニュアンスも印象もイメージも全然違う。

うまく書こうとしてはいけない。
うまく伝えようとしても行けない。むしろ伝えようとしてはいけない。
うまい表現はいらない。
自分の内側にあるものを正しく出そうとしてはいけない。

不協 和音が生まれてもいい。現代アート的でも現代音楽的でもいい。
多くの人が分かってくれなくてもいい。
自分で何を書いているのかわからなくてもいい。
それで、その上で自分の言語を書く。ただ書く。

それを理解してくれる人、指示してくれる人、認めてくれる人は必ずいて
そしてそれを愛してくれる人がいる。
そういう人に伝えるために書く。
伝わるように書くんじゃない。

それが文章を書くときに一番大事なことだと思う。
それが文章というものの意義で意味だと思う。

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