自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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本当に真剣に取り組む。という・・・・


このコラムを待ち続け・・・「もう寝る!」という方が。。。
やすき今帰ってきました。。。

真剣に取り組む人がいます。美徳とされている。
でも・・・9割ぐらいかな。
ほとんどの人が、真剣に取り組むために取り組んでいます。

美徳ではないということ。

真剣に取り組んでいれば、少なからず人から評価されます。
真剣に取り組んでいれば、自分で自分に許可を出せます。
そういう欺瞞のために
本当に正しいことに忠実
真剣に取り組みます。

例えば結婚したのだから
相手に真剣に向き合い、自分に真剣に向き合い
お互いの関係を真剣に取り組み
浮気など他に逃げるとか決してせず・・・

なんてことをやりはじめます。

それの何が悪いの?と思った人が結構いるんじゃないかな。

はい。それは何も悪くない。
美徳だ。むしろいいじゃないか。

という、
偽善を使って真剣さの欺瞞に取り組む人が9割ということです。

「自分はこんなに正しく真剣に向き合っている」
なのに相手は向き合わない。
「自分はこんなに家族のことを想っている」
なのに相手は不倫をした。
「自分はこんなに会社のために貢献している」
なのに上司は古くさい考えを押し付ける。

真剣という物事を
自分の正当化のために使う、
という欺瞞です。

正しく正当化して、超上手く欺瞞するためには
誰もが「うん、そのとおり」といえる理由
をあらかじめ用意する必要があります。

未熟な論理や
すぐバレるウソをつくと
やっぱり自分はカスだ、ということがバレてしまいます。

だから真剣を培う。
親の前で真剣に取り組んでいれば褒められ、
仕事で真剣に取り組み成果を出せば上手くいき、
異性に真剣に取り組めば信頼と安心され、
自分自身に真剣に取り組めば自己評価することができる。

そういう誤った使い方をする。

真剣というのは切れ味鋭い日本刀のようなものです。
真剣だけに。

そんな武器の使いどころは肝心要なところです。
いつも、何でも、
しかも自己証明のために使う真剣は
はっきり言って重いだけです。

これはオレもやってしまっていたんだけどな。。

ここぞというときにこそ抜くのが真剣です。
本当にここぞというときに抜き合わないのは
相手や物事に不誠実の可能性があるので
それはどうかなということです。

どうかな?ということなんだけど
これを武器として使うと
真剣に向き合っているのに、
真剣に向き合っていない相手が悪いと
相手を加害者にしたり、
それによって不利益を被った自分を被害者にしたりします。

真剣を抜く場面が稀だということは
そういうときにどうする人間か?ももちろん大事だけど

抜かないときにどういう人間か?
ということの方がより大事だということです。
ここで真剣を使う人は正当化と欺瞞の人です。

抜かない時は、
ありのままそのままでいい人であったり
ただ楽しいだけの人だったり
ただ特におもしろくない人だったり
ただ人付き合いの悪い人だったり
でいいわけです。

いいわけない!と勘違いしているから
なんとかしないといけないから
巧妙に扱うことができる真剣をすぐに抜くわけです。

それなら、

親に隠れて万引きをして
仕事をサボって漫喫にでもいき、
浮気をして
自己中心的に楽しいことをする

ということです。

ちなみに、
この場合の真剣というのは人の目を気にしている行為なので
社会的に(真剣がないにもかかわらず)認められてないことをする人を
真剣人間は異常に拒絶します。

上に書いた浮気とか。

不義理。不誠実。不道徳。許せない!みたいな。

許せないほど気になる心理背景は
「自分はやりたいのにやらないようにここまで自分を律してきたのに」
です。多くの場合ね。

僕も別に浮気を推奨するわけでもないし
以前にとっても反応的なコメントなりをもらった
10歳の子供でも異性として愛したら愛せばいい、
ってのもそうだけど

一般のモラルよりも、自分のモラルを大事にできない人に
少なからず
真剣を武器に偽善と欺瞞による正当化を行う傾向が強いようです。

真剣に限らずそうだけど、
美徳行為の裏側には
汚物にまみれた心の底にフタをしているゴミ箱がある、
ということが実際によくあります。

(ただし安易に人を判断せずに、裏付けとってね)

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