自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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本質は直感などの感性によって変えていいものではない。

本質というものは歴然とある。
本質は人間が判別できる範囲の「本当に本当のこと」

その上に真実がある。
人間に関わる営みの中で真実に優る本当はない。

これとは別に摂理がある。
摂理系は人間の営みとは全く別に
大自然の営みとして森羅万象がどのようにあるのか?を指す。

人間の知覚できないいわゆるスピの全ては摂理にあり
その中で人間が知覚できるものが理になる。

スピリチュアルを扱う者は
理の中から本質を見出し、人間の現実に役立つように使う。

理に偏るとレムリアやらアトランティスがどーのこーの
ワンネスやらアーカイブがどうとか言い出す。
現実に何の役にも立たない。

本質は人の現実に大きく関わる。
エネルギーで済むものは本質ではない。理になる。

だからスピリチュアルを扱う者は
理に精通して、熟練すると共に
本質を見抜き、現実を動かすことがどういうことか?
ということを知覚していなければならない。

知覚であって、認識や認知ではない。
それがどういうことか知らなければならない。

そしてそれがどういうものかを知っても
本質を解釈によって自分の都合のいい形に変えてはいけない。

わかりやすくしない。
シンプルにしない。
説明のためにはしょらない。

特に直感を使って本質を曲げることが多い。
直感に優れているとうぬぼれる。
わかる力が絶対だと錯覚し本質を曲げる。
自分の都合の良いように本質を解釈し使うようになる。

それはもはや本質ではなく、正当化でしかない。

直感は感性で、人間の感覚器官の延長にある。
人間は本質の中にあるものなので
その人間の中にある感覚を優位にしてはいけない。

感覚が全ての本質を判別はできない。
また本質は感覚によってだけ判断されるものではない。

スピリチュアルという力を扱う者は
その理の力とは別に
本質を見分け扱う視点を養い、強めるべきだ。

 

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