自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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根本的に間違っている可能性を探る


こちらは2010年04月06日に掲載されたコラムです。

細切れになっているけど、専門家シリーズとしても読んでください。

もちろん普通に誰にでも通用する考え方です。

最近の妙な引っかかりでいうと、

ある方の記事で息子さんに「ほ~ でも その情報の信憑性はいかに?」と言うところや、

今読んでいる本のいくつかの部分とか、やはり専門家向けシリーズとしてのところ。

何が引っかかっているのかというと、それって本当ですか?という本当ですか事件。事件てなんだよ・・・

ビジネスにしても成功法則も、精神世界も、健康も、その道の専門家は自分の専門分野を絶対視するし、

人に「○○は△△だ」とか言ったり、教えたり、確信を持っていたり。

が、間違っていたり

この数週間で、なぜそんな間違いが起こるのかずっとシミュレーションやイメージ、追及検証しているのだけど

大体いくつかの代表的な理由が見えてきています。

脳科学的理由とか、心理的理由とか、社会的理由とか、こうなると二重三重のワナになってしまって、

間違っていることが正しく、正しい指摘は間違いみたいにどうしてもなってしまう。

はっきりと書きますが、本物・・・というと抽象的なので

信憑性や信頼性の高い人(情報ではない)は、自分が根本的に間違っている可能性を探る人です。

あまり人の理屈や、言葉を拾うことはないのだけど、こんな発言があるので例で出してみます。

しかし、私の経験してきたことをすべて振り返ってみても、私は一度も・・・(中略)・・・とりたてて言うほどの事故には遭わなかった。海で過ごした歳月で、遭難した船を見かけたのは一度きりだ。難破船を見かけたことは一度もないし、自分が難破したこともない。災害になりそうな窮地に追い込まれたことすら一度もない。

というベテランの声に耳を貸すとき、多くの人は素直に謙虚に聞くだろうし、

その実績に対しての秘訣やコツを取り入れたり、学ぼうとすると思います。

あるいは、客観的に見て「すごい人だなぁ」と思うとか。

成功法則を体系化してまとめる人なら、この船長にインタビューして習慣を聞き出すかも知れないし、

精神世界でさまざまな流れを見る人なら、うまくいっている理由を大きな目線で説明できると思おうし、

マネジメントに携わる人なら、具体的な手法を取り入れて組織の運びに思考を巡らせるかもしれない。

というのは、人間心理としては間違っていないと思うし、

まぁ普通のことだとも思う。

が、この文章がこうなったら、受け取り方や世界観は180度変わってしまう。

しかし、私の経験してきたことをすべて振り返ってみても、私は一度も・・・(中略)・・・とりたてて言うほどの事故には遭わなかった。海で過ごした歳月で、遭難した船を見かけたのは一度きりだ。難破船を見かけたことは一度もないし、自分が難破したこともない。災害になりそうな窮地に追い込まれたことすら一度もない。

1907年 E・J Smith RMSタイタニック号船長

僕なんかもセミナーをやっていて、確信的に発言することは山ほどあって、

それは思いっきり勉強して多角度から本質を見てきたことを統合して話してはいるのだけど、

そもそもその知覚自体が根本的に間違っているかもしれない・・・という可能性を自分に持つことです。

そして根本的に間違っているとしたら、どのような間違いと可能性があるのか?ということを

心と頭で取り組む姿勢を持つことだと思うのです。

例えば、こういう仕事をしていると脳の構造なんか勉強して当然だし、

正しい知識を多角的に知ろうとする。

最初に書いたV嬢の言葉ではないけど「ほ~ でも その情報の信憑性はいかに?」を散々確認する。検証する。

そして散々やるだけやって、人に出して良いとしてから数年後に、

分離脳と言われる症状の、右脳と左脳が統合していない患者に

右脳だけの働きをしてもらい、なぜそれをやったのか理由説明してもらうと

両脳統合ができていないにもかかわらず、左脳的理由を発言する

みたいな実験結果を知ることになるわけです。

なら当然、左脳は論理的、右脳は感覚的とか左脳は95%、右脳は5%ほど使われているというような

一般的な意見がはたして正しいのか?というギモンが湧いてきます。

というか、ギモンの余地があるものを偉そうに言っていいのか?というギモンが出てくる。

そうすると強み関係のセミナーや商品、コースとか、

脳構造の信憑性をベースに話していた、考えていた全ての枝分かれが間違っている可能性が出るのだから、

断言することができなくなってくるわけです。

世界は自分が把握しているよりもずっと広いらしいという現実を目の前にすると、

断言などできるはずがない。なくなってくる。

なので物事を公平に見ることができたり、そのスタンスを持っている人、

それから超がつく一流の専門家は必ず

可能性のありかをベースにした発言や考え方をするものです。

物事に100%はなく、どのような場合にどのようなものが適切・・・・である可能性が高いか、という

物事へのアプローチにどうしてもなる。

「あなたがやっていることは根本的に間違っています」を受け入れるのは難しく、

それを習慣的に「自分がやっていることは根本的に間違っている可能性がある」と心に持ちながら進めるのは

難しいのではなく極めて困難です。

この困難を当たり前のこととして心に持って進むことができれば、

最低でも、偏狭で自分の信じたいものを信じることで自己満足を得る人間になることは避けられるし、

物事のアプローチとして

より適切な手段を持つことができるようになる、ということです。

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