自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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正しいブロックと処世術の作り方


ブロックを悪者に仕立てる風潮には、僕は全く賛成ではなくて
そりゃもちろん、
どうにかした方が・・・向き合ったり、味わったり、解除したり
自分のパターンを変えた方がいいのもあるのはわかる。

でも、それは
過去の遺産が負債としてのしかかっている場合であって
ブロック全てを外す必要はないし(また、不可能でもあるし)
自分を守っている防御を全部解いてどうする!ということもある。

ブロックは自分の心を守るための防衛機制で、
「このままでは心がヤバい!死んでしまいそうだ!守らなくては!!」
という理由で作られます。
「このままではヤバい」の中には、
勘違いや過剰反応もある。

それはもちろんのこと、誤ったブロックの作りになっています。

もうひとつ、
過去には防御して身を守らなくては!としたものも
今は自分で上手く運ぶことができるのに
過去の習慣に従ってブロックのパターンを継続しているものがある。

こういうのは
作り方は正しいんだけども、引っ張るのが間違っているということ。

でもパターンなのでやめにくい。

というときにブロック解除が出てくるわけだね。

本気で正しいブロックの作り方は、
将来に渡って解除しなくていい、
自分の根本や本質を守るブロックを作るということ。

例えば、自分らしく振る舞うということは
自分にとって必要かつ重要なことだけど
そうしたときに人から攻撃や非難されることを避けるブロックを作ることは
心を守るという意味では正しいけども、
自分を生かさなくなる、という意味では正しくない。

自分を生かすという本筋を立てて、
そこに「それを認めない。許さない」
やって来る人や内容に対して防御シールドを張るのは適切。

つまり、自分を生かすときに
それを良しとしないものから自分を守るためにブロックを作る・・・
・・・学習によるパターン化を作ることで心を守る・・・
というのは
ブロックを作っていいというだけではなく
むしろ作らなければならない。

同じことは処世術にもいえる。

通常の処世術は、ブロックとは違って負の感情を伴わない。
単純に自分が属している世界でうまくやろうとする。
自分を殺してでも、ルールに則って上手くやろうとする。
行動もそうだけど、マインドもそうなっている。

処世術を上手くやることのほとんどが、
本来の自分を置き去りにして、社会的な成果を得ようとする。

社会的な成果を得ることには問題ない。
社会でうまくやろうとすることを、自分よりも優先することに問題がある。

そして処世術マインドというのは
社会的な成果を大事にする姿勢や価値観を本当に大事な第一番目として、
自分を生かすということを二番以降にする。
そして一番目を手にしなければ二番以降は手に入らないとするあり方
のこと。

なので、
本来の自分を生かすための処世術は積極的に身につけて良く、
本来の自分を殺すための処世術は極力排除して良い。

大切なことは、ブロックも処世術も
自分らしさを奪う絶対悪の存在ではなくて、

過剰反応したときに自分を殺す材料になる、
けれども上手く使えば自分自身を生かしてくれる
どちらもひとつの自分自身だという理解を持つこと。

無理解かつ攻撃的な人から身を守り、
例えば、メールなどのやり取りは自分でせずに間に人を挟んで
自分が精神的ショックを受けないように事務処理してもらったり、
というブロックかつ処世術は、

自分自身を生かす、
メンタルが大事なものを作る人や
人に関わる仕事をしている人にとって
やった方がいいのではなく、
必要不可欠で絶対的に行うべきことだったりする。

というようなことにもっと真剣に取り組めて、
自分を守り、社会を泳ぎ、
その結果素晴らしい自分が全発揮できることが
つまりは自分自身を生かす、ということじゃないかなと思う。

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