自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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気配りと心配りは違う


こちらは2009年2月7日に掲載されたコラムです。

気配りと心配りはモノが違います。

気配りは気遣い、心配りは心遣いと置き換えても構いません。

気配りは一般的、全体的なことに対して行われます。

心配りは個別に、オリジナルに行われます。

気配りは

自分が気がついたこと中心

に、
良かれとされていることに対して働きます。

たとえば、待ち合わせ場所に1人遅れているとして、みんなはおしゃべりに夢中だけど

自分だけ気がつき率先して連絡を入れるというのが気配りです。

心配りは

相手が心するところを基準

に、
その人にとって良かれとすることに働きます。

待ち合わせ場所に1人遅れているのなら、その人がやってきたときに

その人が原因で問題が起こらないようにしたり

スケジュールが狂わないよううまく調整するのが心配りです。

どちらが正しいということはありません。

純粋な違いです。

気配りと心配りは対立することもあります

よく聞く話で、田舎に帰省し親戚の家に行くとたらふくの料理を用意されていて

「さぁ、お腹いっぱい食べなさい」と言われたことがある人もいると思います。

これは気配りです。

けれども、実は昼御飯を今さっき食べたばかりで本当にお腹がいっぱいだとすると、

「今はお腹いっぱいで・・・」となりますが、

それでも「いいから遠慮せず。さあさあ」という場面を

経験したり見たことがある人は多いのではないでしょうか?

これは心配りができない上に、気配りを押しつけている状態です。

(親切の押し売りとも言います)

同じ歓迎して招くにしても、心配り中心なら

あらかじめ電話をして相手の状態を確認するなどして、

「お茶菓子を用意する」「手土産を用意する」などの歓迎に変わっていたはずです。

これが気配りと心配りが対立する一例です。

どちらもできる上に、場面に応じて使い分けられる人は素晴らしい人ですね。

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