自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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決断の仕方シリーズ3〜世界観を絶つ決断


【決断の仕方シリーズ】

決断の仕方シリーズ1~心理定着編
決断の仕方シリーズ2~やめることを決める
決断の仕方シリーズ3~世界観を絶つ決断 (この記事)
決断の仕方シリーズ4(最終)~3つのパターンを無視する


気力でやることを決める。
その状態を心の奥に、精神力で定着させる。
いつもそれがある状態にする。

つまり、決断をする。

その決断はハードルの低いところから行う。
やることではなく、やめることから決める。やる。

行動は特に考えなくても、
やめることを決断するというだけで物事が急速にうまく回りはじめる。
ということは、ある。

なのにもかかわらず、決断通りにいかないことがある。
具現化までの道のりが目に見えるところに用意されているのに、
決断の力によって習慣に流されることが食い止められているのに
なぜか元通りのパターンに戻り、
決断内容が全然反映されないことがある

そういうときは、その決断を無効化している、
その奥にある世界観に対して決断しなくてはならない。

【関連記事】 世界観のフィードバック

世界観に誤解があると、
正しくは
世界観に誤解を生み出す方程式があると、
「世界はそういう風にできている」という理解が
その人の結果を決めてしまう。

方程式通りに動き、方程式通りの答を必ず出す。

心が求めていまいが、理屈が通らなかろうが、必ずそうなる。
自分で選んでそうしているのだけども、
あまりに当たり前すぎて気がつかず、無意識的にそうする

その世界観を決めている誤解の方程式は、
根本的には曲がっているのだけども、
曲がった世界の中で何十年も努力して自分を立てて、
うまくいくように働きかけをしてきたことでもある。

だから今更やめがたい。

なのだけども、ここに決断をしてそのパターンをやめると決めなければ、
例えば他のブロックをいくら解除しても、
処世術に流されたマインドを手入れしても、
なぜかいつも同じ、変わらない結果になる。

世界を構築している前提が、例えばよくあるのは

  素のままの私は愛されない
  無価値観
  虚しい、虚無感、いてもいなくても同じ

というような、自分に対する完全否定。

なのだけども、それでは生きていけないので、
心は何とか前向きにこの困難すぎる状況を打開しようとする。

そしてなんとかしようとする最大の武器に強みを選ぶ。

強みは人よりも優れてできてしまう力なので、自分をフル発揮して生かす。
成果も簡単に取れる。
自分を使っている実感もあるし、周囲も認めてくれる。

「なんだ、この世知辛い世界でも自分は生きていけるじゃないか!」
と証明できるところに、一番近い力として発揮される。

自分の生き方を、自分で選んでいるので
自分を証明して、これこそが自分らしい正しい生き方だ!
だって見ろ!強みを(優しさ資質を、才能を、コミュニケスタイルを)使っているじゃないか!
ということになる。

確かに自分を使っている。
だが、誤解の方程式によって生まれた、
そういう風にはできていない世界の中で使っている。

限定枠の中で自由に振る舞っている。
自分は生かされていない。

この世界観をやめる決断をする。
前提の誤認をやめる。
方程式にご遠慮いただく。

とは言っても、これまで数十年もやってきたそのパターンを覆すのは難しい。

じゃあどうすればいいのか?というのは人によって異なるけども、
信頼できる人、愛してくれる人の力を借りるのがいいと思う。

指摘してもらう。気がついてもらう。一緒に取り組んでもらう。
そして、ここがかなり重要なところなのだけども、
相手の信頼や愛が本物なのであれば、
その相手の意見やアドバイスに盲目的に従う

既に、自分に自分を明け渡している。
自力では解決しがたい。
キャリア数十年が、自分で自分に取り組むことを邪魔する。

だから、その部分においてはその人の言うことに盲目的に従っても
決して服従していること、隷属していることにはならない。
相手に信頼と愛があれば。
むしろ、最大に自分を生かす方法を、方法として採用している。

なので、
相手の意見やアドバイスに従う前に、
自分で自分を必ず生かしていくのだ!と決断しなくてはならない。
やめる決断ではなく、やる決断をする。

自分を生かすためのあくなき探求と追求が、
盲目的に従うことでも得られるのなら、それすら手にする覚悟を決める。

そうやって動かしがたい世界観が動いたとき、
本当の意味での、感謝と思いやり、許しと厳しさを持つことができるようになる。

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