自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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真の専門家(TS)は技術力の発展性を積む、がそれをさせない心理も含む


日露戦争の将校に児玉源太郎という人がいた。

児玉源太郎とは

児玉 源太郎(こだま げんたろう、嘉永5年閏2月25日1852年4月14日) – 明治39年(1906年7月23日)は、日本武士陸軍軍人政治家陸軍大将正二位勲一等功一級子爵(なお、兒玉 源太郞の表記もある。「兒」は印刷字体、「児」は手書き書体[1])。日露戦争において満州軍総参謀長を勤め、勝利に貢献した名将といわれている。>>ウィキペディアで全文を読む

今の中国、旧満州の遼東半島に203高地というのがあって、
ここが日露戦争の、陸軍の激戦地になった。

司馬遼太郎の作品で紹介されているけど
なかなか陥落しない203高地の司令として
児玉源太郎は、赴任後4日でこの要所を落としている。

司馬小説通りに話を進めると、
児玉源太郎は、砲門を技術的には設置不可能なポイントに
「とにかく設置しろ」
と言ったらしい。

専門職に対して、総合職が「やれ」と命じる。
そして結果を出す。

今回のコラムは、そういう専門職、職人に対しての内容。
4つのポジショニングで言うところのTSについて。

TSはその仕事と役割で、専門分野を担う専門家であり職人である。
【関連記事】 専門家と職人は違う

TSは専門家も職人も、どちらも情報を扱う。
「情報」というのは全て過去既に決まった物事のことで
これから新しく生まれる未来の物事ではない。

TSはスキルや技術を習得して使う。
これも未来ではなく、
そのスキルや技術が過去確定したものとして扱う。

このためTSは、一度習得した情報やスキル・技術を
目の前の物事に当てはめて現実を測ろうとする。

医者は症状を見て、頭の中にある病気に当てはめる。
弁護士はケースを法律と法令に当てはめて道を探る。
ガラス工芸の職人やピアニストは、
過去習得した専門技術に工夫を加えてオリジナルにしていく。

どのような場合も必ず過去情報によって成り立てる。

ところが当然、
過去決まった情報が当てはまらないことがあり、
限界があり、
悪くすると時代的、文化的な誤りがある。

それでも多くの専門家は時間と経験を費やしてきた情報とスキルを信じ、
誤った答え、至らない答え、偏った答えを出し続ける。

アインシュタインは「理論によって事実を曲げる」と言っている。

TSの責任は、情報とスキルを深め、高めることにある。
これは深く高くなので縦軸としての責任がある。

この縦軸におろそかな専門家はあまりいない。
体系的まとめられていない世界では未熟者がいる。
縦軸すらおろそかであるということは、
それはもう専門家ではなくてただのバカだ。

専門家が持つ責任としての縦軸があれば、
横軸としての知覚広げの責任もある。

専門職はどうしても偏る。これを知らない専門家が多い。

全体の中で、
多分野との相対的な比較で、
業界の中で、
まったく道の学問との兼ね合いの中で、

自分の専門分野がどのような位置づけにあり、
その意味や成果が何なのか、多角的に知っていく。

視点が変われば意味や成果も変わる。
・・・・これが専門家の横軸の責任になる。

縦軸と横軸が広がっていくとしたらそれは、
専門家として熟練熟達していくということになる。

どのようなケースが来ても答えを導き出せるようにする。
これが一流の専門家、TSたる者の条件になる。

だがそれは、超一流ではない。

TSは、優れた専門家であっても過去の集大成を守ろうとする。

それが優れていれば優れているほど、
業界No.1であればあるほど、
実績を積めば積むほど、
人に支持されればされるほど、
成果を上げれば上げるほど、

その結果に比例して保守的になる。
だから実績のある、理論も素晴らしい、しかしダメなTSの数が増え続ける。
性格的にも傲慢だったりする。

TSの仕事はここからはじまる。
縦軸と横軸はほぼ義務であって登頂ではない。
むしろ準備といっていい。

縦軸と横軸を広げた専門家は、その枠を超える必要がある。
その世界、業界、仕事に新しい可能性を生み出す必要がある。

これはチャレンジし続けるという意味ではなく、
イノベーションするということ。

そもそも専門職は、既にあるスキルや技術を習得することからはじまる。
その情報やスキルは誰が作ったのか?
それを生み出した第一人者がいる。

スキルや技術は最初、1人か2人の天才によって作られる。

縦の世界と横の世界を知っているからこそ、
そうでなければ見つけられない領域があって
そこへチャレンジし続けるのがTSの本質的な仕事である。

砲台を険しい山に置かせる。
専門家は「技術的に無理だ」と反論する。

違う。

技術的にイノベーションを求められている。
これまでは不可能だったが、
これから可能にしていく義務と責務がある。

こんな感じ

ところが世には進歩のない職人がはびこっていて、
技術を上手く扱える程度のくせにやたらエラそうな顔をしている。

全然緻密ではなく、全然革新的でもない。
ただ過去に生きている。
そのくせ醜い傲慢を出す。
スキル・技術が人よりも遥かに優れている程度
人格バランスが崩れている。

未熟を知れ。
そして縦と横と未知の全ての可能性を探れ。

真の専門家というのは技術力の発展性を積み上げる。
既にあるものだけに依存しない。

だから、サービスを利用する側が
専門家を探すときに必要なことは
縦、横、未知の3つの世界を伸ばしている人かどうか?に注目すること
である。

結局TSの特性上、熟練すればするほど過去の積み上げに依存して
発展性を無くす心理を持っているので、
最終的には人格がどんなであるか?が最も大切になってくる。

ストイックに、その分野を死ぬまで追求できないなら
それは専門家ではなく趣味と見る方が正しい見方だ。

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