自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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真夜中のラブがたり2:やすきのこれまでラブ

自己開示から。

オレはですな。ことラブに関しては暗かったです。
くらーく、一途こそ真の愛!とか小学生の時に既に思ってた。
闇ラブだな。闇ラブ。

16歳のときに体に好きな子の名前彫っちゃったよ自分で。
暗い。暗黒全盛期。
思い切って告白して断られたらもう負の感情で心がドッカーンでした。
態度豹変。
ねちねちといつまでも考えてたな。。。

その後・・・・・しまった。
過去のことをあまり覚えていない。

まぁ、そんなんやったから全然いい恋愛していなくて
ちょいとヘンな女に引っかかって・・・酔って他の男とヤルとか・・・
考えられへん別れるってなったらお母さんの態度が超悪かったりとか。
「うちの娘ではなくあんたが悪い」的な。

あとどんなんがあったっけ?
いや割と人は覚えているんだけど、
何があったか覚えてない。

いや、これもでも、その頃はいつまでもいつまでもいつまでも
負の念を持ち続けていたのだよ。

20代終わるぐらいまでは、最初の結婚をした奥さんを除いて概ねそんな感じ。
まさに「失敗」という呼び名がふさわしい感じだった。

ああ、そうだ。18のときオーストラリアで出会った日本人の子と
バンコクの親父のところで同棲してたな。
今思うと自分が未熟すぎて笑える感じ。

バンコクで別れた彼女を追って仙台まで行ったなぁ。
「どう、オレ来たで!」みたいなウザさMAXヤローだった。

他にもいろいろあったと思うけど、1回目の結婚でひとまず落ち着き。
まぁお互いの不具合が出て離婚してからまた付き合いはじめる。

あ、1回目の結婚では自分がドSであることを言えず、
どう考えても言えば引くような感じの子だったので
そういうフラストレーションもあった。
それが離婚理由ではないけど。

自分の会社の子とも付き合い、ま、会社もやめたので
なんだっけ、神戸に住んでたときに京都の子とも付き合ったな。
いや、京都じゃなくて出身は広島の三原。

地理には強いのだ。

そう考えると地理に関するエピソードは結構覚えてるかも。

東京に復帰して、その次付き合ってしまったのが人生最大の苦労と汚点で
多くの人に多くの迷惑をかけました。オレも病んだ。
精神病持ってたんでね。
ここには書けない・・・いや、書けるけど、思い出すのも身の毛がよだつような
事件起こりまくりだったので・・・なそんなん。

間飛ばして、その後結婚したが、ねねが生まれるちょいまえに離婚。
この結婚は短かったけどその間にすごく苦労した。

でも、自分の子供を授かるならこの人だ、とこれまで唯一思えた人なので
そうなってよかったし、そのために一緒になったのかな?とすら思ってる。

ねねが生まれなかったらただの「過去の女一覧のひとつ」になって
徐々に忘れていったかもしれない。
いいのも悪いのも色んな意味で得られた結婚だった。

その後は昨日の記事で書いた感じで。
まぁ肝心なことは何も書いていないんだが・・・時期が浅いので関係している人もいるからそこはなしで

結論。あまり覚えてない。。。

だから何が言いたいわけでもないし、
結局具体的に書けなかったけど
ま、そんな略歴よ。

平均的なものが全然わからないけど、
おそらく相当多くの人と付き合ってると思う。
別れるまでが短い人もたくさんいたし。

仕事も、住む場所も、開発するセミナーも、
マンガも、飲食店の開拓も、全て全て全て
イノベーションしているのがオレの生き方になってる。

ラブもそうなんかもしれん、とひとつの可能性を思う。

ま、それならそれでやるまでだし
そうじゃないならそうじゃないものを手に入れる。

そんな感じ。
ラブ系の記事書き過ぎてなんかしんどいな。

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