自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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真摯さという滝打ち修行


こちらは2009年9月29日に掲載されたコラムです。

真摯であること。とても重要視しています。自分に対して。

そもそも真摯って何?と言われると難しいのだけど、僕は誠実さ真実のかけ合わせじゃないかなと思ってます。


自分の強み発見ラボ★心穏やか自分らしい生き方-0928松原さん  一応悩んでる図


セルフプロデュースのセミナーで少し触れるだけの話題である「真摯」ですが、

どのくらい自分の中で重視しているのかというと、

   滝打ち修行みたいに重要視している
   (by 強み発掘家ふるさき・まきこ )

のだそうです。

昨日、そういうところまでチェックしてもらいました。 関連記事 思わぬ!?結果の強みmtg


・もうそれは持っているものだから、そのまま持つしかない

・といって、ブロックであるわけではない

・滝に打たれすぎると倒れるから息抜きを覚えた方がいい

というようなことを言われました。



で、振り返って僕自身の中で何を?どんな?真摯さを重視しているのかと考えてみました。


ぱっと思い浮かぶのは、やはり誠実さの欠落とか、人を騙しても自分の利益になればいいとか、そういうやつ。

論外、です。

でも、誠実さがあって人を騙さなければいいのかというとそういうわけでもない。

というか、足りない。十分でない。


真実さというのが、僕は必要じゃないかと思っていて、

じゃあ真実さって何よ?と聞かれるとやっぱり困ってしまうのだけど

本当に本当のことはそこにありますか?ということ。


誠実というのは、相手や気持ちや感情や、大切なことや価値観を思いやることだと思っています。

正直というのとはまた違って、誠実の方が人間としての気配りや心配りを必要とする。

正直は「だって本当のことだから」という理由になると思うけども、

誠実は「本当のことでも伝え方やタイミングがあるだろう」ということになるんだと思っています。


真実さは、その「本当のこと」「本当に本当のことですか?」というところにあって

本当だと思っているだけなのか、

本当に本当なのか、

そういうところにポイントがあります。

だから、僕は本当に本当のことを探るために時間をかけるし、時には誠実さよりも優先することがあります。

(きっとそれが滝打ち見たいになっていて、なかなかしんどいことなんじゃないかと思う)

相手を思いやるだけじゃなくて、相手がどう感じようと、不快に思おうと、喧嘩になろうと

その相手にとって本当に本当のことを大切にかかわっていきたい。


それが僕の考えている真摯さで、どうも自動的にそういう風にやってしまう傾向があります。昔から。


こういう強い真摯さは、時に相手にも自分にも重苦しい時があるし、

実は自分で自分を縛る鎖になっている、というデメリットもあります。



僕のセミナーでほとんど真摯さについて語らないのは、人によってその強度も必要性も違うし、

自分にとって今必要かどうかも違う。価値観の違いもあると思う。

僕はセミナーで自分の経験や価値観を語ることはほとんどないから、そういう意味であまり発言しません。


それでもあえて、ここで書きたくなったのは、

僕はやはり滝打ち修行的に重い真摯さを持っていて、それはどうしても相手にもある程度は求めてしまう。

求めてしまうことの押し付けはしたくないのだけど、その重要性は口を大にして言いたいわけです。

普段なかなか言わないから書いてみた。


誠実はともかく、真実を見るというのはときに怖さを含みます。

怖いものから逃げるのも、長期的にゆっくり取り組むことも、その目でしっかり見据えるのもどれでもいいと思う。

タイミングがあることだと思うから。

心の準備とか、見る目を持っているかどうかとか。


だから急がなくてもいいけども、真摯さは一生をかけて取り組みたいほど大事なことなんだといつも思っています。




(情熱系だったな・・・久々に)


次回のエネルギーワークは・・・6月30日


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