自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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知らないけど知ってる確信


そもそもこのコラムを書こうと思ったあとに
ぱんださんの来年からのサービスになる
全脳開花セッション・・・というよりは施術を受けた。

そしたらこの話題ますますパワーアップなんだな

知覚、というのが理解すればするほど深い。

人は知覚できる範囲内でしか物事に対応できない。
知覚できる範囲というのは、
感情と感覚器官、直感などの感性と
思考や経験などの情報処理、記憶などの脳内体系によって
世界の作りがどのようになっているのか?という理解のこと。

それが知っている範囲でしか、知らない。
ま、当たり前。

概念ではなく本当に、知らない世界はないことになっている。
たとえばダンナさんや奥さんと、
一緒にいない時間、相手は何をやっているのか?

知らなければないことになる。
何をやっているのか知らないことにはならない。

いきなり存在しないことになる。
この「存在しない」というのが最近フェチ心と本質をつくいいポイントなんだがな。。

たとえば相方の過去、小学校3年生のときや
社会人としてスタートしたときのことは
知り得ようがない。

そういうのは全て、ある(はずの)物事だが
ないことになっている。
自分にとってはないということになる。

つまり知覚外の物事となる。

なら、相方からその当時の説明を聞いたらどうなるか?

・・・。
相方の知覚が自分の中に入ってくる。
相方の知覚は、相方の知覚した情報であって
本当に何が起こったかを正確に示すとは限らない。

というか、ほとんどの場合で示さない。

例えば記憶は都合のよい解釈に書き変わったり、
強度の強い記憶は何度も思い出しているうちに
一部分が強化されたりする。
正確ではなくなる。

つまり、知覚することは難しくなる。

そんなことを言うと、
世の中のほぼ全てのことが知覚できないじゃないか!
と思うかもしれないけど、
・・・・まさにその通りです。。

ただ、人間はそれだと都合が悪いので
多くの人が知覚している答えを照らし合わせる。

つまり、
みんなが認識しているのならそれが正確な現実だ!と決める。
まぁ、あながち間違いでもないだろうし
ともかく確実な知覚として
ひとつの基準にはなる。

たまにみんなの方が間違っていることがあるのはヒミツ

個人的に知覚の確実性を高めようと思ったら、
外の世界にあるそういう情報を得ることと、
ひとつの情報を多角多重的に見る癖をつける。

知覚の精度はまぁまぁ高まる。
より正確になるし、
知覚がより広がる。
知らなかった世界が知っている世界になる。

こうやって知覚を広げて、正確度を増すと
その人はよく

 心の広い人
 頭のよい人
 冷静に物事を見ることができる人
 間違いのない安心できる人

などと見られる。
実際に、知覚の広い狭いと
この4つの視点の広い狭いは比例している。

ところが、
こうやって自力で知覚を広げるには限界がある。

時間的な限界もあるし、
検証する能力的な限界もある。

やればやるほど情報量が増えて、
その情報の相関する回数も増えるので
指数関数的に検証が難しくなる。

で、知覚が限界になったとき
さらに知覚を扱う人が行うべき方法は、
知覚外の知覚を得ること。

知覚外の知覚というのは、
知覚外という知らない世界に対して
知らないのにそれが必要かどうか判断できるという力のこと。

知覚を広げ続けると、
知覚を広げることがどういうことか?ということがわかってくる。

どの知覚を広げたらいいか、どの知覚を広げない方がいいか。
どの知覚を広げたら有効か、どの知覚は無駄かということが
知覚を広げる前から選別できるようになってくる。

これが知覚外の知覚。

知覚を広げる効率効果が飛躍的に高まる。

知覚外の知覚ができるようになると
知覚がハンパなくできるようになる。

が、さらに伸ばすこともできる。

知覚外の知覚の中から、
確信を使って知覚外の知覚を探る。

確信というのは、
見たことも聞いたことも、経験も体感もないのに
なぜか知っているという感覚を伴うもの。

分かるという直感や感受性よりも深く、
絶対にそうだと断言できる強度の断定のこと。

人間誰でも、
なぜだか分からないけども
そういえば昔からこの小さなことが
ずっと心の片隅に引っかかっている

ということがある。

または、
なぜだか分からないけども
こういう物事はいつもいつもいつも同じ条件が揃う。
いつもなんでこうなるんだろう?と思っている

ということがある。

たとえば
過去付き合った人がなぜかいつも全員、
確認などしたことがないのに
サッカー部でキャプテンをやっていたことがあり
学級委員を3回以上やったことがある。
とか
昔からなぜか、付き合ってから歳を知ると全員30歳で
いつも必ず次男である
とか、

偶然にしては条件がピンポイントで当てはまり過ぎ
何度も同じことが繰り返されるという場合

それは確信している知覚が部分的に出てきている
ということがある。

確信は知覚と違って、
自分で認知、認識できていなくても
ないのではなくある

「知らないと思ってるのかもしれませんがありますよ」
「気がついていないんだろうけど、知ってますから」
というような特徴がある。

確信している物事はいろいろとあるけども
そのジャンルの中に知覚がある。

「知覚を確信してますよ~知らない風だけど」
という感じでひょっこり表面上に出ることがある。
ものすごい低確立で。

サッカー部のキャプテン、
学級委員を3回以上、
ジャスト30歳
必ず次男というような条件が

いつもいつも起こるのなら、それは
たとえばだけど
結婚すると決まっている人の特徴はその条件をそろえている人だ
と結婚よりもかなり以前から
知っていると確信している可能性が高い。

でも部分的に知覚確信しているので
・・・その条件の部分だけに確信があるので
ピンポイントで最初から正解を選ぶとは限らない。
(選ぶこともある)

知覚を、この確信の糸口からつかむことができると
知覚外世界へのアプローチが一気に広がる。

確信が強い人は、知覚を入れ確信に照らすことで
形を明確にする人もいるけども
その方法はもちろんいいのだけど

知覚確信の糸口を広げた方が一気に結論に至ることがある。

これをやった場合、
認識、認知、感覚、直感のプロセスをいきなり飛ばすことができる。

ひとつ注意することは、
人間の感情が感じることができる範囲よりも
知覚世界の方が広いということ。

ということはつまり、
知覚できたものに対応する感情がない場合があるので
ついうっかり見逃したり、
逆に一番近い感情を刺激しまくって
それを避けようとさせることもあり得る。

知っておくと見逃さない。

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