自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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終われるものをあらかじめ組む


根本的な諦めなどからではなく、
行動や活動の中にはあらかじめ
終われるものを行うということがある。

セミナーの開催が終わるとか
マンガの連載が終わるとか
ということを考えてみるとわかりやすい。

終わりは組み込まれていなければならない。
人気がなくなったから終わるのではなく
人気絶頂で止めるのがカッコいいから終わるのでもない。

よく、絶頂期に止めるのが美徳的な見方があるが
そういう雛形に従っては終わらない。

終わりには終わるべきタイミングがある。

そのタイミングは、ひとつ感覚で測るという方法がある。
なんだかわからないけどもこの物事が終わったと
強烈に心から湧いてくる感覚が出てきたとき。

終わりのサインが点滅していると思っていい。

だが、
感覚はあくまで本心であって「組み込まれたもの」ではない。
終わりは組み込まれなければならない。

ここで少しスピ的になるが、終わりを考える上で血統と霊統の考え方が役立つ。

血統というのは先祖から子孫まで続く位置の中で
自分には自分の人生があり、それを全うする。
それが終わると遺伝子や血を残しながら子が活躍する。

これがひとつの終わり方のモデルになる。

たとえばビジネスコースという売れ筋商品も
最初やりはじめたときは誰もが「新しく聞く知識」であり
革新的な考え方だった。
それを繰り返し活動していくことで、だんだんと考え方は定着し
そのやり方で上手くできる人が現れはじめ、
そのうちその考え方ができる(教えれる)人ができてくる。

こうなるとこのコース(セミナー)は終わる。

自分という親世代ができることをやったので
子世代はそれをベースにしてさらに発展を求める。

親のベースが子のベースになると
親はもう自分でそれをやる必要はない。
これが血統を参考にした終わり方のモデルになる。

では次に自分がすることは何か?を考えるとき、霊統を参考にする。

霊統というのは生まれ変わりのことで
前の人生と今の人生は、魂は同じかもしれないが環境もやっていることも違う。
今が転々と入れ替わる。
仕事(たとえばセミナー)も血統を参考に終わったものは譲り
次の自分の使い方、環境へと進ませる。

そしてその「次」も血統を参考にした終わりが組み込まれる。
そこまでは全て自力で行う。

ほとんどの人が終わりを嫌い、避けた組み方をする。
失敗する人も多いが、それよりも
その方法で成功してしまうとあとに引けなくなる。

販促なら出版をしてしまうと、出版からの集客導線が強くできるので
出版をし続けなければ集客できないという悪循環が生まれる。
だが出版の業界では古い人はミリオンセラーを生み出さないかぎり廃棄される。
自分ではない誰かが自分の終わりを決める。

サービス、たとえばセミナーなら、
自分の経験を使った自分の方法をつい商品にしてしまう。
これによって後続は間違いなく出てこない。子が生まれない。
誰も引き継がないので終わることができなくなる。

人間関係なら終わらないように終わらないように、たとえば自分の心の声にもウソをつく。
終わることへの恐れから二次と社交辞令が長けて
付き合う人や付き合う人の種類が変わらないので
入れ替わっているように見えていつも同じ人と付き合い
自分が心を通わすべき人がいないまま生きた屍状態が死ぬまで続く。

終わりは当然組み込まれなければならない。
その終わりは徐々に終わることもあるし一気に終わることもある。
短期で終わることもあれば、長期で終わることもある。

必ず終わる。

終わりをマネジメントできている者が次が見えている者だといってもいい。
次、というのは未来のことになる。

つまり
終わりが想定できる者が未来を作れる者で
終わりを想定できない者は過去を守る者になる。

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