自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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自分を実験台にしまくる人としない人


この前、21時に暴露記事を書いているてりーと昨日話していたときの話題から。

自分を生かすとか、
自分を大切にする
自分の感情を味わうとか知るとか

そもそも論になるけども

それって自分にトライしたことない人が
果たして本当に「これが自分らしい」と言えるのか?

そのほとんどの場合で
これが自分らしいと「思ってる」だけじゃないのか?

なんでそれが自分らしいとしているのかというと
ということを
単純に質問で聞いてみると
ほぼ100%に近い確率で

だって過去から今までずっとこうやってきたから
という答えになる。

これまで生きてきて、
自分を実験台にする機会は何度もあったはずで

そして

その機会に自分を実験台にして徹底的にやってみたこと
ある人と
ない人がいるのも
また当然のことだと思う。

凄く乱暴な言い方をすると
その回数が多い人が自分を知ってる人で
少ない人が自分を知らない人だということ。

理解するだけなら
本を読み、情報を集め、勉強していればいい。
なんどか実践で試せば分かったつもりにはなれると思う。

本当に実験している人ってのは、
例えばスピリチュアルなら(誰とは言わないけど)

彼岸の淵まで行くような方法を試して
どこまで行くと戻って来れるか来れないか
実験した人を知っていし

昏睡状態になったときに、その状態で
これがセッションで使えるか使えないかを
検証していた人を知っているし

部屋の全方向に塩を捲いてその範囲を狭めると
霊は一体どうなってしまうのか?ということを
した人を知っているし、

という人は、やはり何か確信的なことを持ち使うので
人を信頼させずにはいれない何かを持つことになる。

高校生のときにどれだけのお酒を体内に入れれば
酩酊状態になるのか?
動かずに少しずつ量を増やして変化を検証したり・・・
例えば論理思考的に考えられるのかどうかとか。

昨年末の話になるけども
病気になったときに、それを治さず、ひどくならない手は打って
自分でそれを味わうことをしたらどうなるのか?とか。

ビジネスでいうなら、
ごちゃごちゃ言わずに、何でもいいから
例えばFBの友達申請もフォローもいいねもコメントも
毎日限界中の限界までやり
警告が来ても負けずにやるとどうなるのか?とか。

ひとりひとりにメッセージを送って
商品を買ってもらえるように上手く誘導するために
数どこまでメッセを送り続け
批判されてもやり続けたことがどのくらいあるのか。
で、どうなったのか。

結婚や恋愛、夫婦関係でいうなら
ダメでもダメでも、なんとかうまい方法を探るために
関係を改善するためにたとえガマンにガマンを重ねようとも
堰が切れるまでにどれだけ多くの手段を試したのかとか、

これまでの自分のプライドやこういう人がタイプってのをやめて
全く違う方法を、たとえ抵抗があろうが間違っていようが
全部やってやるわ!ってことで全部やったのか、とか

自分が対象である以上
限界の限界までそれを試すことは
自分でできることじゃないのか?

つまりは、自分がやると決めた分野・・・・・

ビジネスとか
恋愛とか
結婚とか
夫婦関係とか
人間関係とか
何かの技術の習得とか

そういうことに対して
限界ギリギリのラインがどこにあり(少なくとも自分の)
そこに至るまでに何がどのように変化するのか
実践してるんか?ってことで

つまりはそれをせずに表面の理論をこねくり回してるヤツが
オレは大嫌いなんだがそれはまぁいいとして、
セラピストとかコンサルとか
恋愛したいとかいい男いないとか
結婚したいとか婚活したりとか
夫婦関係のなんたらを知った顔をするとか
コミュニケーションを分かった風にやるとか
知識や情報をひけらかすとか

生温いんじゃボケってハナシだ。

経験が実力に比例せず、匹敵しないのは
単純に経験年数が多くても
そういう本気の取り組み、
限界実験を繰り返したことがないからで

そういう人ほど自己証明トークで
「この道何年」とか
「どれだけの人数見てきたと思ってるの」とか
そういうしょーもないことを言い出す。

それって、長く続ければ誰でも言えることやんな?

「やる気がある」という言葉も大セールで売られているけど
やらない人は気持ちがあっても「やる気」はない。

やる気の「気」は気持ちではなく、気力だからね。
気力は体力を動かすので
せめて、最低限行動がなければやる気などない。

が、やる気があってもうまく行くとは限らない。

技術的な問題ではなくて
そこに本気が(本物の気という意味で、本当に体を使うこと)なければ
気力ちょっと使ったぐらいで
物事がうまくいくわけないでしょ。

やれるだけやった、とか
めっさいいわけ。

その本気ってのを出せる・・・出すことを「知っている」というのが
自分実験を繰り返したことがある人だけができる業で
ただ
それでも物事を上手くできるとは限らない。

本気があっても失敗することもある。

が、
そういう人の鍛えられているところは
失敗するということを過去の実験で何度も経験し
なぜ、どう起こるのかを知っているし

知らなくても、知るプロセスを知っているので
明らかにすることができる。

失敗を明らかにするのではなく
成功する方法を明らかにする術を知っている。
または、限界まで照らし合わせて無理なものは

「決してできない」

と、無理であることを明らかにすることもできる。
なので
ムダが何かを知っている。
ムダが何かを知らない人は
本気もなくムダなことに取り組んでいる自分を認めてほしがる。

つまりはこれが
限界まで取り組んだ人とそうでない人の差で
限界まで取り組むことを知っている人と
知らない人の差とも言える。

自分で実験しまくる気がないのなら
それをしたいとかほしいとか
最初から言うなというハナシだな。

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