自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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誤解を解かない人でございます


こちらは2009年11月20日に掲載されたコラムです。

たとえば、普段の会話でも曲解されたことをいちいち説明し直さない性格。

たとえば、やや間違った理解をされたとしても、一瞬気になりはするが「ま、いっか」とめんどくさくなる。

たまに、直感が冴えまくっているとき、相手がこちらの行ったことに間違った理解を示すと、

心の中でなんと言っているか一言一句わかるときがあるのだけど、それもまた別にそのまま。

   たとえばブログに書いたことを「自分が指摘されているように感じた」と言われても、    あなたはそう感じたんだなぁという感じで、「そんなことないよ」とは言わない。

   たとえば、メールに書いた文章が「凄く怒られた」と捉えられても、    「全然怒ってないんですけど。むしろそんな風に感じてびっくり」とか言い出さない。

   たとえば、「私なんだか拒絶されてますよね?」的自虐解釈に対して、    「全然そんなつもりで言ったんじゃないですよ」とか親切に伝えることをしない。

   (注:全部実話~この1年半ぐらいであったこと)

別にポリシーとかこだわりでは全然なく、半分は面倒であることと、

もう半分はその人がそのように捉える解釈自体を否定するつもりがないので、

そう捉えるのもひとつの考え方だな、なんて思ってしまう。

同じことを見聞きしても、言っても、捉え方はおもしろいほど人によって異なります。

全ての捉え方は、その人が勝手に決めることです。

「ちょっとせっかく福岡に来ているんだから、駒屋  で大福買ってきてよ」と言ったとすると、

   「私はあなたの小間使いじゃありません。何をいい気になっているんですか?」と捉える人もいるし、

   「うわ。頼ってくれてうれしいです。張り切っていってきます」という人もいるだろうし、

   「あぁ、いいよ別に」と返す人もいるに違いないし、

   「はい」のみで何を感じたり考えているのかわからない人もいれば、

   「イヤ」のみの人もいる。

つくづく、人の捉え方はその人によります。

に対して、僕は相手の反応から自分の付き合い方や、接し方を決めていきます。

逆に相手にわかってもらおうとか、その考え方を変えようとかは思いません。

その人が、その人の好きなように解釈すればいいと思う。

ある意味シビアなのかも。

勝手に思い込むということ、そのものに正しさを解いてもしょうがないと思っています。

この状態を持っている人は、僕が見ている限りでは人から曲解され、人生につまづきが多い人です。

いい人であるか、イヤなヤツであるかは全く関係ありません。

自分でこの状態に気がついて、

その上で何とかしたいと思ったら、

極論すると素直になるしかありません。

主観、知覚、経験ベースの勝手な解釈は、素直さの欠落から生まれる副作用です。

ただ単純に素直であるだけで解消されるんですけどね。

なかなかやらない人が多いというのもまたよくあることです。

僕はそれを傍観して弁解しない・・・誤解を解かないスタンスを取っています。

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