自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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過去【裏マガ】〜誰も誰でも抱き締められてよい。


月2回ペースで過去裏マガをブログで公開します。

今回は2012年12月11日の裏マガから。
「誰も誰でも抱き締められてよい。」をどうぞ。

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◆ 誰も誰でも抱き締められてよい。
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ちっとはビジネスとかビジネスコースのことを
書いた方がいいんだろうなぁと思いつつ
こういう話題。

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アニメにも名作とそうでないのがありますが
個人的に「ガンダムSEED」と
続編にあたる「ガンダムSEEDdestiny」は
ものすごい感動的な名作だと思うわけで。。。

その中で

カガリがヤマトを抱きしめる場面があるんだね。
後で2人は兄妹であると判明するのだが、
男女だとか、セクシャルとかそういうの全然関係なく

  人は誰でも
  心がキツいときは抱きしめてもらう

のだ、と思う。

ただそれだけ、
たったその程度で
人の気持ちのありようというのは全然違うんだよ。

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【後ろ盾】というのはやっぱりあって
いざというとき、これはというとき、
グモーってときなんかに、

たとえば誰かが離れていってしまってなんてとき、
そういう気がするとき、気が動転しているとき

  どんなことがあっても私には後ろ盾がいるからだいじょうぶ

という状態があるなら、
ただそれだけで人ってだいじょうぶなんだな。

自分の内面が混乱していても
外側で十分に自分を確保できる。

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後ろ盾というのは、いるだけじゃ全然ダメ。
もちろん遠くから見守っているとか、
本気でダメなときこそは手を出そうと準備しているとか
そういうのももちろん大事だよ。

でも後ろ盾というのは、
目に見えて自分で感じられる必要がある。

エネルギーとか愛とか論外。

  物理だよ。大事なのは物理。

だからその中で最強というか、
もっとも目に見えてわかりやすく
効果も高いのが

  【抱きしめる】

こと。

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逆に考えると、
抱きしめられることを拒否しているというのことは
後ろ盾を拒否しているということだし、

愛されることを拒否しているということでもある。
しょせん孤独なひとりでやっていくものだ、
という心理の現れであることも多い。

(もちろんイヤなヤツには触ってほしくないけどね)

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つらいときは誰でも抱きしめられるといい。
それはちょっとつらいことでもいいし、
「え、これってつらいか?」ってことでもいい。

人にはそうされる権利が誰にでもあると思うんだよね。

もちろん抱きしめる程度で何も変わらないこともあるし、
後ろ盾にはならないけど、
今この瞬間なら抱きしめることはできるということもあると思う。

使い方を悪用することもできるし、
たとえば工口いことをしたいから
弱っている人を抱きしめてあげるとコロっとイッちゃうとか
実際にやっていると思う。

うーん、それで傷ついたことがある人もいるんじゃないかな。

だから、最初から
抱きしめられる方は、むしろ

  自分には今、抱きしめられる権利がある

と思って抱きしめられればいいと思う。

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抱きしめ行為が、または人の後ろ盾になるという決心が
相手の勘違いを生むこともあると思う。

まぁ、いいではないか。

そのときにやれることをやる。
勘違いは「ごめんね勘違い」と伝える。
それで抱きしめられrなくなっても別によい。
遠くから見守る後ろ盾でもいいと思う。

その時々で、
全員「自分は抱きしめられて当然」という権利主張を持っていれば
なかなか勘違いなりは起こりにくくなるから。

最初から依存や策略を持っているのは問題外な。

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あ、だから抱きしめるのに性別や年齢は関係なし。

自分で自分を「あ、やばい」と思ったら
自分から、自分を抱きしめてくれる人にお願いすればいい。
それでダメだって言われても、
それはそれ。

相手には相手の事情や都合があるから。

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ハグという習慣が欧米的にある。
あれは落ちているときじゃなくて普通のときだね。

あれはまた意味は違うと思うけど、
落ちても上がってもいない普通のときに

いやそういうときこそ

  「身近に想い想われる人がいる」

というのを、あれだけ軽く示せるのは
オレはとってもいいと思うけどね。

文化の違いがあるから手放しで採用とは思わないけど、
できる人はどんどんやればいいと思う。

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そして上がっているときの抱きしめ。
これはみんなやってるんじゃない?

一番わかりやすいのは恋愛初期。
よく抱きしめ合うでしょ。

一合回帰は、愛の原型に近い基本形だから
物理的に一合になれない人間は、
抱きしめ合うのが一番近い。
(もっと近いのはセッ クス)

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抱きしめるとき、
それが落ちてるときでも、ハグでも、愛し合っているときでも
心を込めていればそれでいいと思う。

ま、心こもってない抱きしめを頂くのは
それはそれでどーかと思うけど。。

特につらい場面の人を抱きしめるときは、
とにかく心を込めて抱きしめる。
ひとつになる感じ。心が。体じゃなくて。

もしそういう風になかなかできないとか
シチュエーション的に無理なら

自分の肩あたりから、自分のもう2本の腕が生えていて
その手が相手をギュっと包み込むような
そういうイメージをもつといい。
正面を向けないような場面でもやれると思う。
(本当は物理的なのがいいんだけど)

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抱きしめられる人は、ただ抱きしめられる。
脱力して、ジーンとして、ありがとうと思っておけばいい。

心の状態が回復するまではいろいろ考えるのを止めて
ただただ安全圏で安心の状態にいればいい。

自分で立てるようになったらお礼を言って
あ~自分には後ろ盾があるんだなと感謝し、
その現実を認めて
元気に、または普通に歩き出す。

恩義に感じるとか、何かを返そうとする必要はなし。

だってそういうものだから。

次、落ちた自分と同じような人を見たとき
義務や思考ではなく、
心がこの人を抱きしめたいと思ったら抱きしめる。
思わなかったらやらない。

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抱きしめた方は自意識過剰にならないでほしいな。
自己評価低い人は、これで自分を証明できる気になるので
鼻高々になりやすい。

抱きしめるのは誰にでもできることで
抱きしめられるのは当然の権利。

気負わず抱きしめられる人が
ちょっとずつ増えるなら
オレは
とてもいい関係がもっと築けたり増えたりすると思うけどな。

とか、思ったある日。

 

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