自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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ブロック(ぶろっく)

「自分にできる事などない」と決断してしまうのだけど、こういう場合のほとんどで自分にはどーせ何もできないしという先行諦めか、自分が何かをやったのに否定されると傷つくという先行ガードが働いています。つまりブロック。
105文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月3日

正しい心配の使い方(ただしいしんぱいのつかいかた)

相手を尊重する心配ならしていいし、人間の構造的にたぶん心配するようにできている。心配するということも機能や感情(不安の感情)として備わっているということは、備わっている正しい理由があるわけです。正しく使えば自分のためにも人のためにもなるし、使い方を間違えれば自分にとっても人にとっても迷惑で邪魔なものになる。
154文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月3日

人間そのものを見る(にんげんそのものをみる)

人間そのものを見るというのは、人間とは何でどうなのか。自分も人間の一部としてどんなふうになっているのか?というようなこと。具体的に言うなら、健康や成長や関係性、能力、性格と人格、歴史的事実、科学的事実、精神的事実など。どれだけ自分を正しく知ることに成功しても、そんなものは人間そのものからすればちっぽけな一部でしかない。
160文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月3日

思い上がりの世界に落ちていく(おもいあがりのせかいにおちていく)

強みを知ったらほぼ誰でも「自分天才、他人バカ」と思う時期があります。自分だけが優れすぎている力が強みだから、この考えを持つのは人としてあながち間違いではありません。こういうときに、人間そのものを見ることをしない人は思いあがりの世界に落ちていきます。自分が天才だと思う時期はあっていいと思うけど、落ちていくのはかなり残念なことです。
165文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月3日

本質(ほんしつ)

自分を見るということは平坦な道のりではないから、それをクリアして得られた回答というのは本質です。
48文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月3日

本質に行きついたとき(ほんしつにいきついたとき)

人は本質に行きついたときにこれが真実だと錯覚します。それはただ単純に自分の中の極めてキレイな本質であって、物事に通じる真実ではない。本質を真実と勘違いすることで、内的な深いものと人間的な深いものを混同してしまい・・・・物事を知ることができたので・・・・思いあがる。
132文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月3日

思いあがり人間(おもいあがりにんげん)

自分の内省を繰り返し、一定の答えに至っている人は考える習慣があり、答えを導き出す方法を知っています。慎重に事実を積み重ねて、自分を実験台にしたり自分の苦しい部分にも向き合うことをやってきた人です。そういう人が人間に興味を示さず、本質と真実を混同して、確信を持つことがもう、思いあがり人間のできあがりだということです。
158文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月3日

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